ゴミ拾いロボットとホームレス少女

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 ボクはロボット。  街のゴミを拾うだけの存在。  人間が捨てるたくさんのゴミを拾い集めては、集積場に運ぶ毎日。ガラガラと大きなワゴンを引きながら、道端に落ちている空き缶やタバコの吸い殻、お菓子の袋を拾っています。  なんでも“セイフ”とかいう人たちが、いっこうに街がきれいにならないということで、ゴミ拾い専門のボクを造ったのだそうです。今はボク1体だけだけど、そのうち大勢の仲間を造る計画らしいです。  ボクはそのプロトタイプ。  人工知能を載せて、学習させているみたい。よくわかんないけど。  とりあえず、ボクは街をきれいにしていればいい。それが、ボクの使命なのだから。  ボクがゴミを拾い集めるようになってから、数か月が経ちます。  はじめは、これで街がきれいになるだろうと誰もが言っていたけれど、いっこうにゴミは減らず、逆にみんな好き勝手にゴミを捨てていきます。  むしろ、ボクがいるからゴミを捨てやすい環境になってしまったって誰かが言っていました。そういうものなのでしょうか。  ある日のこと、ルート上に20歳くらいの三人の男性がいました。  ボクは障害物を避けて通るようにプログラミングされています。ですので、そのまま彼らを避けて通過しました。  すると、どうでしょう。  彼らの一人がポケットから一枚の紙きれを取り出しました。  そして、それをひらひらとさせながら道端に投げ捨てました。  ゴミでしょうか。  ボクはそれを拾いあげると、カートの中に放り込みました。  とたんに、彼らの笑い声が聞こえてきます。 「うわ、おもしれえ」 「すぐに拾うぜ、こいつ」 「おい、もっとなんかねえか?」  そう言いながら、レシートの束や携帯灰皿に入れたタバコの吸い殻をそこらじゅうにばらまきはじめました。  いったい、何がしたいのかわかりません。  理解できませんが、ボクは片っ端からそれらを拾い集めてカートに入れていきました。  それを見ながら彼らの一人が言います。 「なあ、ゴミじゃねえやつ落としたら、どうなるんだろうな?」  そう言って、身に着けていたメタリックの指輪を目の前に落としました。  これもゴミなのでしょうか。  わざと落とした、ということはゴミなのでしょう。  ボクはそれを拾い上げると、後ろのカートに投げ入れました。  それを見て、残りの二人が腹を抱えて笑いだします。 「わはー、お前の指輪、ゴミだってよ」 「マジ、ウケる」  指輪を落とした男性は憤りながらボクに蹴りを入れてきました。 「ざけんじゃねえよ!! 返せコラ」  そう言って、カートの中から指輪を拾いあげるともう一度蹴られました。  痛くはないけど、不思議な気持ち。  なんで、蹴られたのかわかりません。 「ゴミかどうかもわからねえのか、このポンコツが」  そう言って、去って行きました。  おかしなことに、その言葉でボクの胸のあたりが重くなりました。  どうしたのでしょう。  もしかしたら、ソーラー充電が足りなくなってきたのかもしれません。  ボクはソーラーで動くロボットなのです。  このまま動けなくなったらゴミ拾いができません。  ボクは予定のルートを変更して陽の光が差している通りへと進むことにしました。  そこは、多くの露店が立ち並ぶ通りでした。  ゴミがたくさん落ちています。  拾わなきゃ、拾わなきゃ、拾わなきゃ……。  ゴミを拾い集めながら進んでいくと、目の前に一人の女の子が倒れ込んできました。  ボロボロの服に、真っ黒に汚れた肌をしています。  女の子の近くには、目のつり上がった女の人がいました。なんだか、すごく怒っているみたいです。 「この盗人が!! 店の商品、食いやがって」  そう言って、泣いて謝る女の子を殴打しています。 「あんたみたいな社会のクズ、野たれ死ねばいいんだ!!」  そう言って、ひたすら引っ叩き続けています。  何をしているのか、よくわかりませんがボクはゴミ拾いを再開しました。  ボクの役割はゴミを回収してまわることです。  すると、女の子を叩いていた女の人がボクに気付いて言いました。 「おや、ゴミ拾いロボットじゃないか。ちょうどいいや、このゴミを連れてっておくれ」 「ゴミ?」  キョロキョロとまわりを見渡します。この辺りはすでに回収済みです。  首をくるくると回していると、女の人が言いました。 「このクソガキのことだよ!! 早くこいつを回収しておくれ」  ボクは首をひねりました。 「この方は人間です。ゴミではありません」 「ああ?」  女の人の目つきがさらに上がりました。 「こんな薄汚いホームレスのクソガキが人間だって? 笑わせてくれるよ」  別に笑わせるつもりはないのですが。 「あんたロボットのくせに人間に逆らおうってのかい!?」 「いえ、人間には逆らえない様にプログラムされています。ですが、第一優先事項はゴミの分別です。この方はゴミではありません」  その言葉に、女の人が「チッ」と舌打ちをしました。  なにか気に障るようなことでも言ったのでしょうか。 「とんだポンコツだね。もういいよ!!」  そう言って、去っていってしまいました。  ボクはまた、胸のあたりが重くなるのを感じました。人間て、よくわかりません。  ボクは再びゴミの回収を始めました。  道端に落ちたゴミを拾い集めていると、女の子がついてきます。  ボクは立ち止まって尋ねました。 「なにかご用ですか?」  女の子はモジモジしながら答えます。 「あ、あの、どうもありがとう……」  ありがとう?  意味がわかりません。  なぜ、お礼を言われなければならないのでしょう。 「それは感謝の言葉です。ボクは感謝されるようなことはしておりません」 「私をゴミじゃないと言ってくれた」 「当たり前のことを言っただけです」 「ううん、とっても嬉しかった」  嬉しかった?  やっぱり人間は理解不能です。 「私もゴミ拾い手伝うね」  そう言って、ボクの拾おうとするゴミを片っ端から拾い集めてくれました。 「ありがとう」  ボクは言いました。  感謝の言葉はこういう時に使うものです。  女の子はひとときもボクから離れませんでした。  毎日、ボクのあとをついて回り、一緒にゴミを拾ってくれています。  たまに拾ったゴミの中から食べ物をあさり、口に入れているようですが大丈夫なのでしょうか。  人間は、栄養のあるものを食べないと死んじゃうと聞いています。  なんだか、ひどくやつれているようにも見えます。  ボクは、女の子が気になるようになってきました。 「大丈夫ですか?」  そう聞くと、ニッコリと微笑みます。どうやら大丈夫のようです。 「あ、見て」  女の子は、ある場所を指差しました。  そこには子犬がぐったりと倒れています。  どうやら、車に轢かれて死んでしまったようです。 「かわいそう」  女の子が言います。 「かわいそう?」 「生き物が死ぬって、悲しいことなんだよ?」 「悲しい?」  よくわかりません。  とりあえず、死んでしまったならゴミです。  ボクは子犬の死体を拾い上げるとカートの中に放り投げました。  とたんに、女の子が怒りだしました。 「ダメ、何するの!!」  そう言って、カートの中から子犬の死体を引っ張り出しました。 「死んじゃったからって、ゴミ扱いは絶対ダメよ」 「?」  何を言っているのか、よくわかりません。  女の子は近くの公園に行くと、穴を掘り始めました。  何をしようとしているのでしょうか。  眺めていると、彼女は子犬の死体を穴の中に埋めました。 「成仏してね」  女の子は手を合わせて目を瞑っています。  よくわからないので、ボクも真似てみました。  目はないので、手を合わせるだけです。  すると、女の子は言いました。 「生き物が死んじゃったら、こうして土に埋めて自然に帰すんだよ」 「生き物の死体はゴミではないのですか?」 「ゴミじゃないよ。自然の一部になるの」  自然の一部。  それなら、確かにゴミではありません。  少し学習しました。  それからも、ボクと女の子はゴミ拾いを続けていきました。  ですが女の子の顔が日に日にやつれているように見えます。 「大丈夫ですか?」  尋ねると、女の子はニッコリと笑いました。  どうやら大丈夫のようです。  ゴミ拾いを続けようとした矢先、ドサッという音がしました。  見ると、女の子が倒れています。 「大丈夫ですか?」  近づいて声をかけますが、返事がありません。  そのかわり、ハアハアと荒い息を吐いています。  なんだか、辛そうです。  どうしたというのでしょう。  気になりはしましたが、ボクの役割はゴミ拾いです。  女の子に構っているわけにはいきません。 「………」  ですが、ボクのカラダは女の子から離れようとしませんでした。  こんなこと、初めてです。ボクの第一優先はゴミ拾いなのです。 「大丈夫ですか?」  ボクは何度も声をかけました。  それ以外の言葉が出てきません。  こんなとき、どうすればいいのかわかりません。  とりあえず、近くの人に声をかけました。 「人間の女の子が辛そうなのですが」  スーツ姿の男性は、携帯電話をかけながらわずらわしそうにボクを追いやります。  別の女性にも声をかけました。 「人間の女の子が辛そうなのですが」  女性は見向きもせずに行ってしまいました。  どうすればいいのでしょう。  ボクにはわかりません。  カラダが言うことを聞かず、女の子の側から離れられないので近くで見守ることにしました。  女の子の呼吸がだんだんとか細くなっていきます。 「大丈夫ですか?」  胸の奥がとってもチリチリとしています。  まるで、熱をもったかのように熱いです。  女の子の辛そうな顔を見ていると、よくわからない感情が込み上げてきます。これがなんなのか、わかりません。  ボクは、まわりを見回しながら言いました。 「どなたか、この方を見てくださいませんか? どなたか、この方を見てくださいませんか?」  人々は、無情にも通り過ぎて行ってしまいます。  まるで、道端に落ちているゴミを見ているかのような目で。  ボクはその瞬間、学習しました。  本当のゴミは、彼らのほうなんだと。  ゴミの分別は、ボクの優先事項です。ですが、人間には逆らえない様にプログラムされています。ですので、彼らを回収することはできません。  ボクはこの時から道端に落ちているゴミの回収をやめることにしました。彼らの方がゴミだとわかったからです。 「元気を出して」  引いていたカートを放り投げて、ボクは女の子の側についてあげました。  女の子はモゴモゴと小さく口を動かしたまま、それっきり動かなくなってしまいました。  死んでしまった、とわかりました。  胸の奥がチリチリとしています。  ボクは女の子の身体を拾い上げ、街を離れました。  女の子の遺体は自然の一部です。  ゴミしかない街では、自然に帰してあげられません。  ボクは、遠く離れた丘の上に行くと、穴を掘りました。  深く、深く。  誰にも掘り返されない様に。  ボクは女の子の亡骸をそこに置くと、土をかぶせました。   「成仏してね」  そう言って、手を合わせます。  その時、胸の奥の回路がショートしたのを感じました。 「あ……」  それは、ボクの一番大事な部分。つまりソーラー充電ができなくなってしまったことを意味しています。  体内バッテリーが尽きた時、ボクのカラダは二度と動かなくなってしまいます。  でも、いいのです。  ゴミ拾いはもうできないのだから。  ボクは手を合わせながら体内バッテリーが尽きるまで女の子の側にいようと心に決めました。
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