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第1章4節 お兄さんの手
「あはは、君は本当にヒーローごっこが好きなんだね」
「うん! だってカッコいいんだもん!」
――それからお兄さんは僕と一日中一緒に遊んでくれた。
留守番という名目も兼ねて僕の家に上がり遊んでくれているのだが、僕に買い与えられたおもちゃは数少なく、故に僕の大好きなヒーローごっこばかりが繰り広げられる。
実際、僕はひとりの時間も同じことをして過ごしている。
「気分転換にほかのことして遊ばない? 確かおばさんがこの箱におもちゃが入ってるって言ってたよね」
「あ、それは……」
「へー、カルタとかスゴロクとか面白そうなのがいっぱい……」
箱の中身の“おもちゃ”を見ていたお兄さんの言葉と手はそこで止まり、ちらりと僕の表情を確認した後蓋を閉じた。
「その……ごめん、仕舞っておくね」
「……うん」
箱の中身は普通の子供が遊ぶような所謂おもちゃとは違っていた。
風体こそそういったものを装ってはいるが内容はシュを讃えたものやギの大切さを説いたものになっている。
僕の家族がそういうものにハマっていることをお兄さんに直接話したことはないけれど、きっと察してくれていた。
「じゃあさ、あやとりなんてどうかな?」
「あやとり?お兄さんできるの?」
「うん、この頃よくお祖母ちゃんが教えてくれるんだ」
お兄さんは鞄の中から綺麗な朱色をした1本の糸を取り出した。
それをお兄さんは自らの指に絡ませる。両の手の中を糸は幾度とくぐり抜ける。そうしてお兄さんは色んなものを形取っていった。
ほうき、ちょうちょ、星、富士山、東京タワー……。
お兄さんは魔法のように様々な輪郭を生み出していった。
「すごいなぁ……」
ふと僕の口からそんな言葉が漏れていたが、僕の思考はそんな技術に感心する半分、お兄さんの手に見惚れている部分があった。
お兄さんは高校に上がってから沢山のアルバイトを掛け持ちしていて、家事のほとんども行っているため、手荒れや傷跡の目立つ手ではあったが、僕にはむしろそんなお兄さんの日々の頑張りが感じられる手がとても綺麗に見えていた。
「君もやってみるかい?」
「え、僕が?」
「うん」
「できるかなぁ、僕にも……」
「できるまで教えてあげるよ。お祖母ちゃんがぼくにそうしてくれたようにね」
そう言うとお兄さんは糸を僕の指に絡ませてくれた。
嬉しそうにあやとりをレクチャーしてくれるお兄さんの表情が、僕には何よりも嬉しかった。それに加えて先程まで見惚れていた手が僕の手と触れ合っている。僕はそんな夢のような時間を過ごした――。
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