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第1章5節 戦車
――目を開けた。
瞼を持ち上げたのは小学1年生の僕ではなく、小学4年生の僕だった。
瞳に映るのは青一色の空間に浮かぶ朱い輪郭。はしご車を模していたそれは次第に形を失っていき1本の線に戻っていった。線は僕の視界の真ん中を中心として渦を巻いた。まるで何処かに吸い込まれていくような動きだったが、消え去っていくようなことはなく、渦を巻いたままその場に留まり続けた。――その時だった。
「……………る……………し……」
何処からか声が聞こえてきて僕は周囲を見回した。が、周りには誰の姿もなかった。――誰の姿も?
疑問を感じもう1度見回すが、やはり一切の人影がなかった。僕の傍らに居てくれたはずのお兄さんも姿を消していたのだ。
「……けて………わた………し……」
また聞こえてきた。周りに誰の姿もないことを考えると、声の出処は恐らく……。
「届けてみせる、私の手を!」
声は目の前の渦から発せられていた。
そして僕は思わず声の主であるはしご車の名を叫んでいた。
「ゴーシャ!!」
「やあ、少年。ようやく私の声が届いたようだね。すぐに私の手も届けてみせよう」
すると、渦の中から朱色の線が僕に向かって差し出された。
何処からどう見ても二次元の線であるため奥行きなんてものは存在しないはずなのだが、それは確かに僕の方に向かってきていた。
そんな朱い線を僕は自然と掴んでいた。
「さあ往こう、少年」
「どこへ……?」
「“幸せな思い出”の中だよ」
そんな耳心地の好い言葉を聞くと、僕は目を瞑り声の主に身を委ねた。
「ふっふっふっふ……」
「どうしたの?」
渦から聞こえていた気高く逞しい声は、次第に醜く薄ら恐ろしい声へと変貌していった。
「ふっふっふ……フッハッハッハッハッハ」
その笑い声を不審に感じた僕は目を開けた。いつの間にか僕が掴んでいたはずの朱色の線は苔色に変色しており、手で掴んでいたはずが腕を掴まれる格好になっていた。
「放せ!放せよ、セウジュ!」
線と同じく苔色へと変化した渦に向かって僕は叫んだ。
はしご車の英雄『ゴーシャ』だと思っていた声の主は、悪の親玉『シャン・セウジュ』だった。
「今更気がついても遅いわ!」
苔色の線は僕の腕から次第に身体中を巻き取っていく。
やがて僕の視界は苔色に覆われた――。
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