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後日、クレームの電話があった。
オーダーした花束と違い、渡したかった花束が渡せなかったらしい。田中が作り、春菜が手直しをして、玉井が発送した花束に対してだった。
春菜は作り直したが、花の種類は変えていない。しかし斎藤は、春菜に言った。
「最終確認をしたのか?」
それは明らかに理不尽だった。最終確認はしていない。しかし。
「私は配達伝票と花束しか受け取ってません!」
これが事実だ。花束の発送はプレゼントも多いため、基本的に詳細が書かれた注文書は同封しない。
製作者が最終確認者だ。
しかし斎藤は、またしても春菜に言った。何も聞こえなかったかのように。
「なぜ確認しなかった? 山本君が確認すれば未然に防げたんじゃないか?」
──もういい。ダメだこいつ。こんな会社、辞めてやる。
春菜はせめて会社の未来のためにと、「田中君はそれでいいの?」と睨みつけた。
「山本君! 君に聞いている。田中は反省しているんだ。君も反省し」
「ワタシです!」
突然の叫び声に店内は水を打ったように静まり返った。玉井が掠れた声を張り上げたのだ。
「私が箱に詰めました。以後気をつけます」
「そうか。指導不足だ」
斎藤は春菜を一瞥すると去って行った。
「ごめんね、玉井さん」
春菜は始末書を書きながら泣いていた。結局、田中と春菜と玉井の三人で始末書を書くことになった。本部にまでクレームが入ったらしい。
玉井は何も言わず穏やかな笑みを向けると、「私が持って行きます」と言って席を立った。
春菜は、本当は「私が持って行きます」と言いたかったが、言えなかった。
それは玉井の思いを無駄にしたくないからだ。自分が行けば、次こそは啖呵を切って辞めてしまうだろう。玉井が春菜のために声を張り上げたのは、わかっていた。
春菜は、できる事なら玉井の願いを叶えてあげたいと思うようになった。こんなに優しくて真面目な人間だ。
年齢なんて、関係ない。少しでも、一人前のフローリストに近づけてあげたい。
きっと今頃、無駄に叱りを受ける玉井。その玉井のために春菜がしてあげられる事は、もうそれしかない。
その日から、春菜は玉井の願いを叶えてあげたい一心で仕事をするようになった。
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