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4、親友
午後に約束したとはいえまだ朝の7時であり、咲希は近くの新しくオープンしたカフェに寄ることにした。
(7時って普段なら寝てるかゴロゴロしてる時間だよね? なんか得した感じ)
マルサンカフェはおしゃれなガラス張りの開放感あるカフェで、中には観葉植物や木製の雑貨が並び、天井には空調のための大きな羽がゆっくりと回っている。
咲希は奥のソファーと椅子のテーブルに案内されると、ふかふかのソファーに座ってテーブルの上のメニューを開いた。
実は朝起きてすぐにランニングにでかけたため、お腹がすごく空いていてガッツリ食べたい気分なのである。
(あー、エッグベネディクトかあ……美味しそう。まって……ふわふわのパンケーキもある! あとオムライスもいいな……えー、どうしよう)
いかにも「美味しいです!」と主張する料理の写真たちに、咲希はなかなか注文するものが決められなかった。
(しかたないから、ここは最終手段かな)
「すみませーん」
咲希が元気よく手を挙げると、近くの店員さんがパッと駆け寄ってきてメモを構え、注文をとろうとこちらを見てきた。
最終手段とは、店員さんにオススメを聞けば少なくとも咲希よりはこの店に詳しいはずなので間違いない、という究極の人頼み戦法のことである。
しかしそこで咲希は思わず目を見開く。
「あ、彩乃!?」
「ん……あれ、咲希じゃん」
髪の毛をボブに切ったから遠くだとわからなかったが、同い年で夏休み以前は毎日顔を合わせていたいわば親友の彩乃が、このカフェの茶色いエプロン姿で驚いた顔をして立っていた。
「え、彩乃ってここでバイトしてたっけ?」
「ううん。夏休みに予定なさ過ぎてバイト入れた。それに、もともとここのカフェ結構好きだったから店長とも顔見知りでね。ていうか、咲希がこんな朝早くに外に出てるなんて珍しい。何か予定でもあるの?」
「ないよ。ランニングついでに朝食食べようと思って」
「ランニング!?」
彩乃は目の前の椅子に勝手に腰掛け、すっとんきょうな声を上げた。
ランニングしたと言っただけなのに、幽霊でも見たような表情だ。
咲希は何がそんなに驚きなのかわからず、小さく首をかしげて、
「う、うん。変?」
「猛烈に変よ、変。あの咲希がランニングしてんのよ!」
「なんか失礼だな」
「いやいやいや。だってそれは怪奇現象レベルの事件でしょ。いつも休みの日は部屋にこもってネット三昧だったあんたが! いったいどういう風の吹きまわし?」
「あ……それね。捨てたの、スマホ」
咲希は言うかどうか迷った挙げ句、他に説明のしようがなくて本当のことを話した。
すると彩乃の眉毛がぴょんと上がって、
「す、捨てた? スマホを!?」
「うん」
「……全く今日は驚くことしかないわ。謎に謎を重ねてくるね」
彩乃は困惑しきった顔で首をふった。
咲希は苦笑いを浮かべて、
「まあ、だからいろいろ連絡とか取れないかもしれないけど、そのときはごめんね。先に謝っとく」
「いや、いいけどさ。そうじゃなくて、今の時代、携帯ナシで生きていけるわけ?」
「今んところは大丈夫かな。でも確かに不便そう」
咲希が純粋な感想をつぶやくと、彩乃が額に手をあてて、
「不便そう、じゃなくて圧倒的不便でしょ! しかも能天気なあんたのことだから、特に計画も立てずにテキトーに捨てたんじゃないの? 森に捨てるとか、海に投げるとか」
「えぇ、川に捨てたけど……」
「あんた馬鹿か」
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