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5、エッグベネディクト
「なんとか……ならないかな」
そっと上目遣いで彩乃を見やる。すると彩乃は呆れたように首を振って、
「ならない。ガラケーやパソコンがあるならまだしも、それもないんでしょ?」
「あるよ」
「あるの!?」
「……動かないけどね」
「……」
ジロリと睨まれる。
咲希はテヘッと小さく首をかしげてみたが、再度睨まれたので、おとなしくソファーに座り直した。
「ねー、彩乃ちゃん? なに話し込んじゃってんの。仕事して!」
奥から年上の女の人からの注意が飛ぶ。
「あ、やば…」
彩乃が肩をすくめてそうつぶやくと、
「じゃあ行くから。困ったらここに来なさい」
と、ヒラヒラ手を振って、店のキッチンに消えてしまった。それはまるでにわか雨が通り過ぎたような、一瞬の出来事だった。
残された咲希は先程の会話を頭の中で反芻して、ちょっと後悔した顔をする。
(やっぱりスマホ探しに行ったほうがいいかな)
このデジタル社会、スマホがないと手間が増えるのは事実だ。しかも咲希は今までスマホに依存する生活を送っていたので、満たされていたところから何もないところへ飛び込むのはかなり不足を感じるに違いない。
かといっていまさら川へ行ったところで、スマホが見つかる気もしなかった。
(うーむ)
口をへの字に曲げる。
スマホ無しの暮らしがまだ始まったばかりなので、あまり良いも悪いも実感がないというのが正直な感想だ。
(ま、後で考えればいいか)
そう結論を先延ばしにしたところで、咲希はハッと大事なことに気づく。
「あ、注文してない……」
ぽかんと口を開けると同時に、咲希のお腹がぐぅ〜となんとも間抜けな音をたてた。
咲希は顔を赤くして、そろりと手を上げてまた店員さんを呼びつつ、閉じたメニューの表紙の写真をちらっと見る。
どうやら今日は、一番高いエッグベネディクトに決定したようだった。
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