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「君の話を聞いてて本当に思うけど、私はほんの一部しか救えていないんだろうね。
その首吊りのやつも知らないしさ」
彼女の言うように、どうにか死のうとして死ねなかった奴のほうが根が深いかもしれない。
見えない闇は確実に、社会を蝕んでいる。
「そんなものじゃないですか。
ヒーローというガラでもないでしょうに」
彼女は手元にあるコーヒーを見つめる。
確かにそういう風には見えないかもしれない。
それでも、誰かを救えるような奴になりたかったんだよ。
そう言ったら、彼女は笑うのだろうか。
***
「誰が『産んでくれてありがとう』だなんて言うもんですか! 私は望んで生まれてきたわけじゃない!」
彼女はにらみつけて、立ち上がった。
自分を捕らえる枷を檻を鎖を、破ろうとしている。
「こんな人生が待っているくらいだったら、死んだ方がいいに決まってる!」
なおも叫び続ける。
悲鳴に近い言葉だ。
「なのに、どうして私が貴方に『生きろ』と言わなければならない! 死ぬべきなのは私の方なのに、どうして死のうとしてるんですか!
おかしいでしょう!」
理不尽なことを言う。
体はボロボロで、手足もまともに動かせない奴にそんなことを言われても困る。
それでも、前を向こうとする。
手遅れになったわけじゃない。
「……まさか、そんなことを言われる日が来ようとはね」
「一体、何を言ってるんです?」
彼女はうろんげに私を見た。
***
「昔から、貴方は旅立つ人々を見送っていた。何度も何年も、長い時間をかけて」
「呪われていたようなものだったからね、実際」
「めずらしく貴方が体張って呪い解いて死にかけて、私と会ったんでしょう」
何もしないでいるくらいだったら、すべて壊す。その決意は炎となって駆け巡り、静かの雨が降り出した。
「あの時と同じことやれと言われても、できる気がしない」
「今はそういう場所、もうないと思うんですけどね」
呪われた場所は、科学に駆逐された。
この世に存在しない。
ひっそりと生きるには、ちょうどいい時代になった。
「大丈夫ですよ。貴方を恨んで死んだ人も大勢いるのと同じくらい、感謝してもしきれないくらい感謝して死んでいった人も大勢いる。
私が聞いたんですから、まちがいありません」
***
今、その言葉を思い出すとは思わなかった。
あの日と同じように、ゆっくり立ち上がる。
「だったら、あの時みたいに笑ってくれ」
あの日の笑顔をどうかもう一度、私に見せて。崩れる視界の先に、笑顔が見えた。
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