3

1/1
前へ
/6ページ
次へ

3

夕方になり、急にスコールのような大豪雨が降り、私は一人で境内中の扉を閉めて回った。 樹齢50年ほどの大木が庭にあるが、その大木の葉がハラハラと落ちていくのが、部屋の窓から見えた。 今日はすることもなく、また外がこんな大豪雨だから外に出ることも叶わず、家の中でうろうろしていると、眠気がしてきて、私はつい、うとうとしてきた。 その時閉めたはずの扉を、ガンガンと叩く音がした。 誰かいるのか? 門の施錠はしていないから、入ってくる事は可能だが、それにしてもこんな大豪雨の中何の用だ? 仕方なく、ガンガンと扉をたたく音がする方に向かって、その扉を開けた。 すると1人の少女が中に入ってきた。 美しい少女だったが、何故かふと、どこかで見たことがあるような気がした。 この近所にいる少女だったか…? 濡れ鼠のように、びしょびしょに身体を濡らしていたので、すぐ着替えを持ってきて、そちらに着替えるように言った。 こんな時のために着替えなど常備していないので、仕方なく私が昔着ていたスウェットの上下を彼女に着てもらうことにした。 すぐに風呂を沸かし、20分ほどしてお風呂が沸いたところで、彼女には風邪をひかぬよう、すぐに熱いお湯の風呂に入ってもらった。 「どうもありがとうございました」 風呂から出て、スエットに着替えた彼女は、そう私に言った。 「こんな雨の中どうされました?」 「実は住職様にお願いがあってまいりました」 私に用があって来たのか? 何だ…急な雨に降られて、この寺に飛び込んできたわけではないのか? 「私に用ですか?」 「はい。とても大事な用事です」 少女はそう言うと、何ともあどけない笑顔を見せた。 「用というのは何ですか?」 「私には悪霊が憑いているのです」 いきなり少女はそう言った。 「悪霊?」 「はい。是非とも住職様にお祓いしていただきたいのです」 「ご祈祷する事は出来るのですが…。申し訳ない、私には悪霊退散する能力などありません」 私は力なくそう言った。 「そんな事はありません。住職様はかっては相当の力を持って悪霊退散させていた方ではありませんか」 「いえ、そんな事は…」 「私は知っています。是非ともよろしくお願い致します」 少女はそう言って頭を下げた。 確かに数年前まで、悪霊のお祓いをやっていた時期がある。 だがそうしたことをビジネスにするのがどうしても嫌で、当時も頼まれれば無料でお祓いをしていた。 お祓いをした後に、我も我もと殺到することがないように、私のお祓いを受けたことを他言無用にすることを条件にお祓いを行っていたのだが、それでもどうしても人の口に戸を立てることができず、私はいつの間にかお祓いをやめてしまった。 きっとこの少女は、かって私がお祓いをした人の娘か何かだろう。 親に聞いて私のところに来たのかもしれない。 これも何かの縁だと思った。 かなり久しぶりだな… 悪い霊が憑いて困っているのならば、お祓いをしないわけにはいかない。 「どこで私のことを?」 私は少女に聞いた。 「なんとなく、噂をお聞きしてです」 少女は言葉を濁したが、まぁそれはそれでいいと思った。 困っているのはこの少女であって、この少女に悪い霊が憑いていれば、払ってやればいいだけのことだ。 だが少女を視たが、悪い霊など憑いていなかった。 「あなたに悪霊など憑いていませんよ。何か悩み事でもあるんでしたら、それを話してください」 私は優しく少女にそう言った。 「いえ。私に悪霊が憑いているのではないのです。悪霊が降臨してきて、私たちを押し潰そうとしているのです」 少女はいきなり、そんなことを言い出した。 そのようなことがあり得るわけがない。 「それは何かの妄想ではないですか?夢で見たとかそんなとこでしょう。それは別に異常でも何でもありません。人間は夢を見るものですから。安心してください」 「いいえ。悪霊はもう私のすぐ後ろまで来ています。もうすぐこのお寺にも入り込んでくるはずです」 「そんなバカな」 「悪霊が見えるお坊さんなのに、そんな杓子定規な否定の仕方をするんですか?」 少女はちょっと怒ったような顔をして、そう言った。 「悪霊が怪物のように襲いかかってくるなんていうのはね、映画やアニメの世界の話ですよ。そのような事が実際には…」 と私はそこまで言いかけて、すぐに今言った言葉を、訂正もしくは完全否定するしかない状況に陥った。 寺の門を、私は見た。 それは、私が今まで見たこともないほど、どす黒く邪悪な気配を漂わせた、まさに悪霊そのものだったからだ。 「視えたんですね。住職様」 少女はそう言った。 「はい…」 「是非ともお祓い、お願い致します」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加