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大地は芳野の頭に額をつけた。
芳野は外の匂いがする。たぶん、観測で外にいる時間が長いせいだ。大地はそのままうなだれて、芳野の首に唇を押し付けた。あまりに芳野の気持ちが不確かで、赤い跡を付けたくなった。
「なあ芳野。俺はさ、別になんもしなくってもいいんだ。そりゃできれば嬉しいけど、そうじゃなくって芳野と一緒にいたいんだ。だから無理すんなって言われても、やっぱ来るよ。それだって丸一日いられるわけじゃねえ」
「それは、わかってる」
芳野は斜め上を眺めながら、やけにはっきりそう言った。
台所の窓は上下二段になっていて、月が半分に切れて見える。芳野の眼差しの先にはいつも星がある。貴重な時間でも大地の接近を阻むその存在が憎らしかった。
「芳野、させて」
熱い吐息が芳野の耳にかかった。何もしないでもいい、と言った言葉とは裏腹に、大地の手は芳野の腰を掴んでいた。柔らかいスエットの生地の上から、なぞるように腰骨を辿る。芳野がくすぐったそうに体を九の字に折るのを強く抱きしめた。
「大地、待って、」
「待てない」
ウェストに指をひっかけずりずりと下げる。薄暗いキッチンで芳野の肌が青白く光った。大地の手が素肌の太腿に食い込む。一気にこのまま脱がそうと力を入れた時、芳野がリビングに首を向けた。
「あ、携帯が、鳴った気が」
「こんな時間に連絡なんか来ねえだろ」
「でも」
芳野は気もそぞろに体を引きはがそうとした。人付き合いの乏しい芳野の携帯はめったに着信なんかしない。これも逃げようする言い訳なのかと思ったら急に気持ちが白けた。度重なる肩透かしで行き場のなくなった熱は、大地の中で暴走した。
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