恒例ですが迷子です

3/6

267人が本棚に入れています
本棚に追加
/198ページ
   _____あれぐらい素直に気持ちを出していたらな。  吐いた白い息が結晶のように光る。  勝谷は失恋の痛手を知る男である。今は平穏な幸せの中にいるが、たまに『もしもあの時』という幾つかの岐路を思い出す。  しかしその甘やかな仮定は、すべて決定済の今となっては、ささやかな想像にしかならない。それでも今度もし誰かを好きになれたら、その時こそ自分に正直にその気持ちを育みたいと思うのだ。  早朝ジョギングを日課としている勝谷は深酒はしない。  真冬の夜道はアルコールで火照った体を急激に冷やしていく。だが、ほろよいで歩く自宅までの道のりが好きだった。  お困りごとよろず引き受け屋の勝谷商会の仕事は、地域の高齢化によって年々需要が高まり、日々追われるほどに忙しかった。手が回らないのを見かねたのか、本業を引退して暇を持て余していたのか、志願してきた三人の爺さんを新たに雇用したほどだ。  困った人の手助けをするのは、世話好きの性分によくあっていると思う。  星のツアーが始まったら親友のタケルや智も呼んでみようかと想いをめぐらせていると、人気のない住宅街で不審な動きをする人物が目に入った。  ささささささささ。ぴたっ。じーっ。  ささささささささ。ぴたっ。じーっ。    小柄なその人物は音もなく家から家へと移動し、表札の前で停止する。  そこで名前を確認すると、また次の家へと移動するのである。勝谷はあっけにとられて立ち止まった。暗い夜道だがその奇異な動きはじゅうぶん目を惹いた。人物は根気よく一軒一軒しらみ潰しに『ささささ』と『ぴたっ』を繰り返していた。   ea399b13-f6fd-4b57-a0c5-275fed21944c
/198ページ

最初のコメントを投稿しよう!

267人が本棚に入れています
本棚に追加