最適解にゃ

10/11

267人が本棚に入れています
本棚に追加
/198ページ
 大地が覚悟を決め、芳野にぐぐぐと体重をかけたその時だった。  べしべしべし!  光浦家のお得意のサイン、ノック替わりの壁叩きが部屋を揺るがせた。大地は硬直した。男一世一代の大勝負。そこに大いなる妨害。  しかし母の剛腕は容赦なくお知らせコールをかましてくる。安普請であるから伝わり方もえぐい。実際、その威力のすさまじさたるや、べしべしのべの字の段階で芳野は早くも大地を突き飛ばし姿勢を正した。大地がベッドの下に崩れ落ちたのと同時にドアが開く。 「お待たせ―! お茶どうぞー!」 満面の笑みを浮かべた大地母が、お盆に若竹色のお茶を持って入ってきた。  くっそ……!大地のこめかみがひくついた。母親をこれほど疎ましいと思ったことがあっただろうか。反抗期ですらこんな苛立ちを感じたことはなかった。今は恋愛の要ともいえる重要な時。大地は目を吊り上げた。 「なんで入ってくんだよ!!」 「玉露淹れろって言ったのはアンタでしょーな!」  しかし息子の怒号などで怯むような母ではない。そもそも茶を頼んだのは大地であり、ここで母を責めるのは不条理というものだ。それに、これまで大地が男友達を連れてきたときはいつもオープンだった。芳野もれっきとした男子である以上、まさか息子がソレを相手に野獣と化して舌なめずりしているなんて想像するわけがない。 「ほーら、飲んでみ! いい温度で淹れてきたんだからバッチリ! これもう最高だよ。さーちょうど飲み頃だ」    大地母はいそいそとテーブルにお茶を並べた。野球部の猛者ばかりを見てきた母はこの毛色の違う友人が気になって仕方がないのである。  大地は懇願した。 「俺がやるから、もうお盆置いて出てってくれ、頼む」 「何言ってんの、あんた右手が不自由でしょーが。この子はまったく、すーぐ忘れるんだから。学校でもそうじゃなかった?芳野君」 「忘れてんじゃねえよ! 今大事な話してんだからよ」 「はいはい。わかったわかった。いいから芳野君飲んでみて! ついでにお持たせで悪いけど羊羹も切ってきたから食べて! ねっ、どの栗が一番おっきいか迷うのも楽しいよね。おばちゃんこれイチだと思うわ。さー、いいやつ食べてー!」
/198ページ

最初のコメントを投稿しよう!

267人が本棚に入れています
本棚に追加