267人が本棚に入れています
本棚に追加
/198ページ
「お疲れ様です」
同僚に挨拶し、大地は職場からの帰り道を急いだ。
車に乗り込み、ハンドルを握る。冬にヒビの入った右手はすっかり良くなって、今では怪我をしたことすら忘れるほどだ。
鼻歌まじりで夕暮れの町を運転していると、曇り空から小雨が降ってきた。天気予報は当たったらしい。スピードを上げると、雨が本降りになる前に新居が見えてきた。
ひと昔前に建った五階建てのマンション。
最上階の角部屋が空いていたのはラッキーだった。立地が街はずれのせいで空き部屋が多く綺麗で安い。何よりここからは天文台まで歩いていける。
お、帰ってる。
部屋に灯りがついていることを確認すると、大地は自然と笑顔になった。天文台のスタッフは再オープンにむけて多忙を極めており、芳野は入社早々残業続きだった。しかし、この週末になってようやく仕事もひと段落したらしい。
同居をはじめてまだわずか、落ち着いて過ごせる休みは今週が初めてになる。
大地は走ってエレベータに滑り込むと、五階のボタンを押した。きゅううんと上昇する景色と浮遊感を味わいながら、目を閉じる。
この週末をどんなに心待ちにしていただろう。
実は芳野が天文台に就職を決めたと告白した日、大地も大きな覚悟を決めていた。
最初のコメントを投稿しよう!