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だが、芳野はその時も思ったのだ。のめり込んじゃいけない。これ以上を期待しちゃいけない。これ以上になったら、大地がいつもの一過性の関係で過ぎ去った時、自分はこの寂しさを永遠に忘れられなくなってしまう。
芳野は自らにブレーキを課した。
平常心を保ち続けて数年。
酒を飲んでうっかり本音をもらす以外は、比較的うまくやれてきたと思う。しかしこれ以上大地と深まれば、ブレーキは壊れ、引き返せないほどずぶずぶに陥るに違いない。
いや、ブレーキなんて表面的なもので、実際はもうとっくに手遅れなのか。
背中に背負ったリュックには、天体観測の道具の下に大地に渡すつもりの土産物と本が入っていた。
……無駄になったな。
高校時代から一人暮らしだった芳野は、同窓会で地元に戻っても帰る家がない。久しぶりに会って、その後は天体観測をして夜を過ごすつもりだったから宿はとっていなかった。この丘はほどよく野宿できて気に入っていたのだが、住宅ができては無理だ。
せっかく星の綺麗なこの町まできて、全く星を見ずに帰るのは心残りだった。おそらく今日もまだ流星は流れる。危険性がなく誰もいない場所がいい。誰も……
そうだ、天文台。
ふいに芳野の頭の中に閉館になっている天文台が思い浮かんだ。そもそもそれが目的で高校をこの地に選んだのだが、進学してみれば閉まっていたという残念なしろものである。
しかし寂れてはいるが立地は抜群だ。芳野が星を見るには実に好都合だった。フェンスは低く、簡単に侵入できる。学生時代に何度か見に来ているから様子は分かっている。
芳野はリュックを背負いなおし、天文台に向けて歩き始めた。
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