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芳野の元を訪ねた翌朝、佐倉は砕け散った恋心を抱えてとぼとぼと町を歩いていた。
本当なら芳野と星を観測をするはずだったが、愛の巣と化したあの家でもう一泊はあまりに辛い。だから置手紙をして、まだ寝ている芳野を置いて家を出た。顔を合わせることなど到底できなかった。
早朝すぎてバスがない。
田舎のバス、しかも休日となると、そもそも一日に数本しか運行がない。佐倉はやむを得ず、徒歩で駅を目指した。歩きながら泣けてきた。
独りよがりだった恋愛感情も、大地と芳野の夫婦同然の関係を目撃してしまったことも、思い余って寝ている芳野にキスをしてしまった卑劣な自分も、全部が最低最悪だった。
しゃくりあげながら歩いていると、朝日を背にジョギングをしている男とすれ違った。
佐倉は慌ててうつむいた。ろくに人もいない河原沿いの道だったから油断して頬が涙で濡れたままだった。男が行き過ぎてほっとしたが、すぐにまた背後から足音が追いかけてきて、声をかけられた。
「おーい観光の人? キャンプと逆の方向だけど」
「違います。駅に向かってるだけなんで、大丈夫」
慌てて否定したものの、顔を上げた瞬間ばっちりと泣き顔を見られた。
男はきまり悪そうに汗を手で拭い、うまく言い訳できなかった佐倉は棒立ちになった。気まずい数秒間のあとで、男がぴょこりと頭を下げた。
「悪ぃ。天体望遠鏡背負ってたから勘違いしちまった。俺、町の観光課の手伝いしてて観測に来てくれた人の案内とかしてんだ。田舎って目印もろくにねえから、観測キャンプから散歩に出て戻れねえのかなって」
「いえ、こっちこそ不審ですよね、朝からこんなんで。気にしないで下さい」
佐倉はそそくさと立ち去ろうとした。
その時だ。
「待てい!」
突然謎の老人が河原の草陰から出現した。佐倉は激しく瞬きをした。体格のいい外国人の爺さんが三人。涙で視界がだぶついているのかと思ったが違うらしい。そのうちの一人がずばりと言った。
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