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「迷惑かけちゃったな。時間大丈夫? 俺、店に戻って車とってくるよ。駅までってけっこうあるんだ。送るわ」
「いえ、気にしないで下さい。今日の予定は全部なくなったんで時間は全然大丈夫です。衝撃がすごかったおかげで、ショックが薄れました。あのお爺さんたちは一体……」
「うん。職歴の関係で感覚がちょっとおかしいんだ。しかもエネルギーを持て余しているもんだから」
「大変ですね」
「いや、爺ちゃんたちにはいつも助けてもらってる」
勝谷はにっこりと笑った。どう考えてもあの三爺を抱えて仕事したら気苦労の連続だと思うのに、迷いのない笑顔だった。
この人、いい人だな……少し佐倉の気持ちが動いた。
無言で川面の水に目線をやると、朝日に照らされてきらきらと水が踊っていた。光の瞬きが美しくてつい魅入ってしまう。
いつも天上ばかりを見て地上の景色など気にもしていなかった。あれほど躍起になって星の姿を求めているのに、肝心の自分が住んでいる星を見ていないなんて本末転倒なのかもしれなかった。
そういえば芳野の恋人の名前は大地だ。あらゆるものを地上につなぐ地球と同じ名前。きっとその引力に等しい力で芳野を惹きつけたに違いない。あれほど星以外に興味のない芳野を陥落させたのだから。
佐倉は芳野の毅然とした表情しか知らなかった。冬の空気みたいに凛として、瞳に星を映す横顔。でもここでの芳野は違っていた。くつろぐ姿が幸せそうだった。芳野の自由を大地が守っている気がした。そんな関係に佐倉が割り込む隙などあるはずもなかった。
ずきんと胸が痛む。まるでその気配を察したように勝谷が口を開いた。
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