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おかーさんは知っている……
仕切りの暖簾の隙間から、ぬいぐるみのような体で店の奥のテーブルを覗く。親友に元カノを奪われたにしては、我が息子に悲壮感は微塵もない。
やっぱり違う。冴ちゃんじゃない。あの子だ、と独り言ちる。
大地はまっすぐな子だった。小さい頃からコレと決めたらまっしぐら。野球が好きとなれば朝から晩まで練習漬け。好きの一念で突き進む。損得の計算はできないけど、結果、自分で納得して大事なものはちゃんと手にしてる。
だから母は安心していた。放っておいてもあの子は大丈夫。ちゃんと自分で自分の幸せを見つけてくるはず。
母の勘は告げている。
ここにきて全てが結びついたと言っていい。
高校時代、部活を引退してからも大地の帰りは遅かった。しかも大嫌いな勉強を居残りでさせられているはずなのに、遅くなればなるほど浮足だって帰ってくる。あの頃から予感はしていた。
この子はまた何か『好き』を見つけたに違いない。
この前の冬、大地が骨折して家に戻っていたとき芳野が訪ねてきた。
目の綺麗な男の子。今までのどの友人とも違う華奢で上品な風貌だった。その芳野と玄関で顔を合わせた途端、大地の態度が蕩けた。
「あ……どしたんだ、いきなり?」
あんな嬉しそうな顔、かーさん久しぶりにみたよ。初めて満塁ホームラン打った時とおんなじ顔してた。
芳野は緊張しつつもマイペースだったが、大地は落ち着くどころではなかった。赤面し、照れに照れ、嬉しさがにじみでるのを必死でこらえている。
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