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「お疲れ、芳野! どうだった?」
家に戻ると、一足先に帰っていた大地が両手を広げて出迎えてくる。俺はネクタイを緩め、珍しく上まで止めていたシャツのボタンを早速ではずす。
今は一緒に帰らなくても、戻る先が一緒だ。それこそが一番不思議なことのような気もする。
「悪くない。反応は良かった」
「そっかー、すげえ頑張って資料作ってたもんな。天文台でガイドやってるし、芳野の説明、わかりやすかったんだろ」
「せっかくの機会だからな。どうせやるなら興味を持ってもらわなければ意味がない」
俺は真後ろで立っている大地を振り返った。
あの頃と同じ、人懐っこい笑顔。校門のところで手を振っていた時と何もかわらない。青臭い高校生の頃の大地がだぶって、ふいに情にほだされる。
俺はトン、とその腕の中に入って目を閉じた。
「……どした?」
「何となく」
「疲れたか? それともちょっと抱き合いたい感じ?」
「いや、ずいぶん待たせたんじゃないかな、と思って」
大地が背中に回した腕を強く絡めてくるから、俺は息苦しくなって顔を上げた。大地はそうなるのがわかっていたように、額に口づけをする。
「確かに待ちきれねえな」
手の先が、まるで何もかも許されているみたいに背中や腰の素肌に侵入してくる。
優しい顔で笑うんだな、なんて油断をするとたちまちその隙をついてくる。これまでもそれで色々流されてしまったけど、今日は抵抗する気がしない。
「大地は意外と気が長いんだな」
「なんだよそれ。待てねえって話してんだぞ?」
大地は器用に続きのボタンをはずしていく。俺はされるがままで、その指がたどり着く先が疼き出しているのを感じている。
「大地……いまさら一応言うが、寝る時でよくないか」
「だからさ、そんな顔されたら待てねえって言ってんだろ?」
一応尋ねてみたが、大地は聞く気もないようだった。
シャツが床に落ちる。こんな調子でよく待ったなと、改めて思う。
そして、その慌ただしさが、少しだけ、いつもより愛おしくなる。
伝わるだろうか。この感謝にも似た気持ちが。
――――――――この、圧倒的な愛撫の洪水のさなかで。
【 完 】
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