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……いくか。
大地はうがいをして歯磨きを終了し、芳野の傍で腰を下ろした。
息を殺して芳野を見つめる。昨夜は馴染みの店に移ってゆっくり口説くつもりだったのに、それもできなかった。芳野は突然のキスで硬直してしまい、やむを得ず連れ帰るとソファーに座るや否や気絶するように寝落ちしたのだ。
すやぁ。
芳野の寝息は憎たらしいほどにすこやかだ。大地は全然寝ていない。
酒の余韻かピンクの頬っぺたで眠る芳野は、惰眠を貪る緩み切った猫に似ていた。撫でたくなる衝動を抑えるのに煩悶し続けた夜だった。
「おい芳野」
「にゃ」
野良猫呼ばわりしてるせいで幻聴を聞いたかと思ったが、それはいきなり起こされた不満の呻きだったらしい。肩を揺さぶると芳野は『不機嫌』と言わんばかりに眉間に皺を寄せ、ばちっと目を開けた。
「起きたか、芳野」
「朝か!」
「そうだ、お前寝ちゃって……」
「しまった俺としたことが! せっかくのチャンスだったのに!」
芳野は即座に飛び起きて、呆然と窓の外を睨んだ。
起き抜けにも関わらず激烈な反応をした芳野に大地はちょっと感激する。これほど悔しがるなんて、つまりは芳野もその気だったという事だ。
背負ってきた荷物もやたらかさばってるし、芳野なりに考えてお泊りグッズを用意してきたに違いない。
そういやあ、事に及ぶとなると色々準備があるみてーだからな……
一晩中焦らされた鬱屈も忘れ、大地はふやけた笑顔になった。
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