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「ごめんね芳野君、遅くなっちゃって」
「いえ、大丈夫です」
芳野は生真面目に否定した。言いながらも職人のごとく手元に狂いはない。
芳野は決して無能ではないのだ。前評判こそ最悪だったが、使ってみれば礼儀正しく勤勉である。配属からしばし、時を重ねるごとに芳野の株はあがった。
半年も経つ頃には職員のおばちゃんたちから飴やチョコが配られるようになった。それは彷徨う野良猫が家に上げてもらったに等しい昇格であった。
「週末だもの、友達とか彼女とか、約束でもあったんじゃない?」
「ないです。今日も観測です」
きっぱりと芳野は言う。奥手なところも年上揃いのスタッフに好印象である。雑談をしながらも封筒糊付けマシーンと化した手は淀みなく動き、封書が積みあがっていく。
「そっかぁ芳野君、良い子なんだけどねえ」
いつ予定を聞いても『ない』の一点張りの芳野に、おばちゃんはセロファンで包んだチョコレートを机に置いた。芳野の目が一瞬輝く。
その顔が可愛いとおばちゃんたちの癒しになっているとも知らず、芳野は失礼します、と言ってチョコをもらった。おばちゃんにしてみれば、ゴロゴロと喜ぶ猫の姿見たさに、ちょっと美味しい餌をやるようなものだ。
「そこにある段ボール箱の分が終わったら帰っていいからね」
芳野は足元に置かれた段ボールに視線を走らせた。みっちり詰まっている。少なくともあと一時間はかかるだろう。
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