仕草は進捗をものがたる

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『みて! あの子がため息なんて人間らしい仕草を!』 『肌艶はいいんだけどねえ、なんの悩みだろう』  年末が近づくにつれ大地も多忙を極めていた。毎日のように残業をしているらしく、最近はたびたびスーツ姿のままやってくる。  そんなに来なくていいと諫めても、俺が会いたいんだと言って譲らない。無茶を無茶と思わないのが大地の困ったところだ。  絶対に疲れているはず。芳野は確信している。  なぜならこれ以上ないほど魅力に満ちた星の話をしているのに寝てしまうからだ。  先日は三角視差法の星形成領域の話を熱く語ったのだが、触りの部分で早くも熟睡していた。天の川の第四象限の構造について語ったときも爆睡だった。ブラックホールの角運動量について説明したときもぐうすかぴーだ。  最もホットなこの話題で寝るなんてあり得ない。よほど睡眠が足りていないのだ。 「……」  すぽっとぺたんのリズムが崩れ、芳野の手が止まった。  いつまでもこんな無理が続くわけない。  かと言ってまだ学生の芳野が電車に乗って頻繁に通う事は困難だ。卒論には膨大な手間がかかり、連日の観測と分析を必要とする。現状ではどう頑張っても芳野から大地に会いに行けるのはせいぜい数か月に一度、負担の差は開くばかりだ。 『芳野君がボーっとしてる!』 『神の手さばきが止まるとは!』  固まった芳野にギャラリーからどよめきが上がった。芳野はその気配で我に返り、再び封筒を貼りはじめる。  だが、その機械的な手元の動きに反して、芳野の悩みはさらに深く気持ちの底に潜っていた。
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