仕草は進捗をものがたる

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 恋愛は不思議だ。次から次へと未知の扉が開かれる。  芳野はそれまで物事に余計な物差しを持たなかった。  好きなものは星。目指すものも星。  それだけでさまざまな選択に答えが出た。  だが、星は遠くで瞬いているだけだが、大地にはありあまるほどの感情と行動力がある。芳野にとって初めての経験ばかりだった。  気持ちをぶつけられることにも、強引に手を引かれることにも戸惑った。それに対する自分の気持ちの揺れも不可思議だった。他の問題なら迷わず適正な回答を選択できるが、大地との関係では必ずしもそうはならない。  芳野が深々とため息をつき、またもやギャラリーが『悩ましげ!』と盛り上がっていたところで主任から声がかかった。 「芳野君、そろそろ時間じゃない?」 「あ、はい」  芳野は時計を確認し、素早く身支度を整えて立ち上がった。いつもより一時間ほど早い。長いバイト生活で時短を申し出たのはこれが初めてだったので、皆好奇の眼差しだ。 「珍しいわねえ、何か用事?」 「鬼塚教授と面談の約束をしています。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」 「鬼塚教授……」  光の速さでギャラリーが目くばせをしあった。『もしかして』『禁断の教師と生徒!』などとギラギラした妄想がよぎる。  鬼塚教授はこの天文学部において、誰よりも星に生涯をささげている名物教授である。芳野は鬼塚ゼミに所属し、星を愛しすぎる者同士、良い師弟関係を築いていた。その偏愛ぶりに同じ匂いを感じとったからである。  院に進むと決めた時には手放しで喜んでくれた。教授と星の話ならいくらでもしていられる。だが、恋人同士の語らいとなると途端に日本語が不自由になり、論理的思考ができなくなる。  ……これが正解かはわからないが、やはりこの結論に帰着する。  芳野は一礼すると、職場を去った。
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