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朝からその予兆はあった。寝坊をしたのだ。
慌てて出勤してみれば、同僚の欠勤が重なり、業務は倍に膨れた。窓口でクレームをつけられ、しかもそれは先方の勘違いで怒られ損、揉めた分時間をとられて生活課だけ列ができるほど遅滞した。
気を取り直して昼を食べようとしたが、社食の天ぷらそばを受け取り損ねて床にぶちまけるという大惨事。
午後の外回りではまさかのダブルブッキングをしてしまい、平謝りする羽目に陥った。どうにか時間差を設けて両方とも打ち合わせはできたが、当然その分戻りは遅くなり、予定外の残業である。
「芳野、今夜は遅くなりそうなんだ。でも必ず行くから観測には行かねえで家で待っててくんねーか」
「今から? 非常識だ。帰れ」
電話をすると、芳野は憎たらしいぐらい冷静に答えた。確かに常識的に判断すればその方がいいのだろうが、前の週も会っていないし、今日を諦めれば次に会えるのはさらに一週間後になる。
乗り気でない芳野を言いくるめて高速を飛ばした。疲れていても柔い芳野の肌を思い出すだけで、底知れぬエネルギーが湧いた。
ようやくアパートに辿り着き、インターホンを鳴らす。出てきた芳野はいかにも仕事から直行したスーツ姿の大地をまじまじと見た。
「……来たのか」
すぐにも飛びつきたい大地に比べ、芳野のテンションは著しく低い。
「芳野ぉ、会いたかったぜー!!」
大地はすぐに飼い主を忘却するアホな猫を想像し、ひときわ強く芳野を抱きしめた。久々の再会、このまま玄関でコトが始まってもおかしくない。それぐらいありったけの想いを込めたが、芳野は割りばしのように直立不動である。
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