愛猫家は語る

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「見てください、これ」  星空をバックに羊羹を齧る芳野。家ジャージで望遠鏡を磨く姿、張り切って空を指さす笑顔。難しそうな顔で辞書みたいな分厚い本と格闘している姿。  おしゃれ感は全くないが、きらきらした目が印象的だ。 80561899-1c0a-42ae-9081-cf5d3558ceaf 「ね、可愛いっしょ。どの姿もおびただしい量のフェロモンが溢れちゃってんですよ。俺のために開花したはいいけど、そのフェロモンを勘違いする馬鹿がいるかもしれないじゃないすか。こんなんで一人暮らしなんて危険極まりないすよ。俺が定期的に出入りすんのは睨みきかせとかねーとやべえからって意味合いもあるんです」  勝谷は否定してはならない圧を感じて頷いた。目に見えない幻の敵に向かって大地はガンをとばしている。恋とはなんと滑稽なものだろう。  勝谷は改めてその写真を見直した。確かに可愛いといえば可愛いのかもしれない。だがそれは、近所の原っぱで遊んでいる野良猫を構いたくなるような可愛らしさだ。しかし、世の飼い主たちが例外なく自らの猫を世界一と惚れ込むように、大地もまた芳野にベタぼれであった。 「アイツ、昔っから割と人目を引くんすよ。それも男女問わず、年上年下関係ナシっす。ああいうのを魔性って言うんすかねえ……」  この羊羹をくらう子供が?と勝谷は驚愕したが、大地は本気で悩んでいる。 「今週もまた行くのか?」 「はい! けっこういいとこまできてて……あ、サーセン、ロコツで」  大地は、むふ、と恥じらい気味に斜め下をむいてにやけ顔を隠した。野球部の硬派だった男がでれでれに蕩け、凛々しさの片鱗もない。全然隠れてねえし、と勝谷は心の中で突っ込んだ。 「まあ無茶はするな。お前だって仕事、忙しいだろ」 「大丈夫です。アイツ頑ななんで、あんま間を開けたくないんですよ。また一からやり直しって感じになっちゃうっしょ。まあそれはそれで最高なんすけど」  真顔で説明する大地に、勝谷は静かに微笑むしかなかった。 鳴たん挿絵裏話: https://estar.jp/novels/25306033/viewer?page=295
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