仕事に選んだ理由を、いつか

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 カタカタとキーボードをぎこちなく叩いて、ふと手を止めた。  時計をみてから、カレンダーを振り返る。  今日が休日だったことを思い出す。果たして見つめたのはなんだったのかと切なさに目を伏せる。  仕切り直し。もう一度、パソコンの画面を睨んだ。  友人たちとはいつの間にか連絡を絶ってしまった。  SNSも気分でやり込めて、ふとしてやめてしまう繰り返し。  休日いつ寝て起きているのかも遠のく実感がある。仕事以外が不規則だ。  かといって、いつもキーボードを叩いているわけではない。どちらかというと、ネットサーフィンしている時間が長いだろう。 「はあ……」  今の仕事は、趣味の小説執筆とはかなり遠いものになる。  経験を積みたいからではなく、なるべく頭を使いたくない理由から選んだ職業だった。  この選択はあまり意味がなかったと今ならわかる。  頭でわかったつもりでも、体験してみないとわからないこともある。毎日の摩耗は、どうにも肉体だけでは止まってくれないらしい。  いつの間にか精神まで犯されていたらしく、身体を動かしたくない衝動は、生きがいにしようと志した執筆までにも影響していた。  数ヶ月、気づけば筆が止まる日も珍しくなくなる。  書きたいと思う。  書かなければと思う。  それでも、指が止まる。  これではいけないと思いに至っても、わずか数秒だ。椅子に腰を下ろせば何も書く気の無い自分がいた。  今の自分も、いったいどれくらいもつかわからない。  日々の摩耗で自分がなくなるまでの限界までだ。  時々、不安で怖くなる。  何もかも投げ出したくなる。  いっそ何もせずにいられたらと思う。  そうして振り返って、また執筆に戻るのはどうしてだろう。  自分のやりたいとも思っていない職について、ようやくの休日を削ってまで、自分をいじめている理由はわからなくなった。かもしれない。  長い自問自答だった。  ほら見ろ。指が止まったままで、小一時間消費した。 「はあ」  ため息を溢す。  ぐっと背伸びをしてから、ホワイトボードのプロットを見返した。予定表は一昨年から止まっている。見ていると哀しくなる。  何が原因で躓いたかを思い返しはしない。単に小石で転んでしまっただけなのだから。  長い長いマラソンの、どこかでいつもの何気ない一幕に過ぎない。擦り傷で走るのも歩くのも嫌になったから、せめて痛みが取れるまで立ち止まってみただけなんだ。  結果は、かさぶたが取れても動き出せなくなった少年だったが。  そんな子どもがまた一歩を踏み出してくれた。  道行く先はかなり遠い。  どこまでも続きそうだ。  果てないだろう。  本当は、そろそろ職業を変えようかも悩んでいた。執筆中はどうでもよくなっているが、わりと真剣な悩みだ。  そもそもなぜあんな職業をはじめたのだろう。もっと時間のあるものを選んでいれば、今ごろと夢想した日も珍しいものじゃない。  ともあれ、今日もまた、僕は少年に戻る。  夢を追いかける間は子どもだ。  いつかは、小説家を仕事と胸張れる日にたどりつきたくて。  そして答えたい。  なぜあなたは小説家になろうと思ったんですか?  どうしても描きたい世界があふれ出して止まらないからです。
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