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婿はんのこと
私と婿はんは二人で暮らしてる。婿はんっていうのはあだ名で、別に婿にもらった訳じゃない。でも、二人は夫婦だ。
私たちの結婚は前途多難だった。まず、両親が反対、婿はんの妹も反対。わたしは一人娘だから兄弟はいない。とにかく反対ばかりで心が折れそうになった。
そもそも、一度心が折れた者同士、肩を寄せ合って一緒に住み始めたのに、折れた心をもう一度折るなんて酷いことだ。ポキッと折れたシャーペンの芯を親指と人差し指で粉々に砕くようなもの。
二人で住めば、ご飯も一度にたくさん炊けて美味しいし、家賃もワンルーム一部屋を2つ借りるよりも安い。思い立ったら吉日の私と、慎重で石橋を叩いても様子見してなかなか渡らない婿はん。
私が婿はんの部屋に転がり込んだ。
思いつきで始めた同棲生活に待ったをかけたのは、役所のソーシャルワーカーだった。
「あなたたち、自分の立場わかってます?セーカツホゴを受けてるのに!」
しわくちゃのオバサン、いや、ババアの金切り声が響き渡る。婿はんはシュンと下を向いてしまった。婿はんは自分の内に怒りを貯める人。私は正反対で歩く手榴弾、理不尽なことを言われると百倍にして言い返す。
「だからなんです?結婚しちゃいけないって人権の侵害。社協にチクろうかな~。担当変えてって」
オバさんはあたふたして、社協、つまり社会福祉協議会に密告されることを恐れている。
「いや、あくまで自立と社会復帰を目標に私たちは一人一人に合った支援計画を立てているのに勝手なことをされたから、つい…」
私はスマホの画面を見せながら、
「で?一人だと心細くて立ちすくんでいても二人ならまた前を向けるかもしれない。これ見てわかると思うけど録音してるから言葉には気をつけてね、オバサン」
舌をぺろりと出して挑発する私の罠にオバサンは見事に乗っかってしまった。ソーシャルワーカーの癖にアンガーマネジメントも出来ないとか、役所でしか使えないな、この人。自分の怒りをコントロール出来ない相談職とかゴミ以下。病院や施設じゃ使いものにならない。
「そうやって屁理屈ばかり捏ねるから、就職先が決まらないんじゃありませんか!?」
「んー、そうかな?元同業者だから同業者見る目が厳しいだけ。三科目主事の時代と違って私は国試通ってるからね。復帰するとしたら病院か施設がいいいの。主事しか資格ないと非常勤の公務員が関の山だもんね」
このオバサンは社会福祉主事という、福祉系の大卒なら簡単に取れる資格しか持っていない。私は国家試験を受けて社会福祉士と精神保健福祉士、ダブルで持っている。
「だったらいつまでも国のお世話になってないでさっさと自立すればいいんじゃないですか?」
オバサンは顔を真っ赤にして嫌味を言ってくる。私はケラケラと笑ってオバサンを上目遣いでさらに挑発する。
「その考え方がさ、でもしか主事だよね。生存権のなんたるかも大学で学んでないの?」
「とにかくあなたと言い合いするよりも、ヘルパーさんの調整とか色々やらなきゃいけないんですよ?全部やり直し、わかってます?」
オバサンはボツになる運命の支援計画書の書類の束をテーブルの上にばさりと置く。私はA4が折らずに入るクリアファイルから、書類の束を逆に差し出す。
「あんた使えない。ヘルパーさんたちには先に話はつけてある。これ、私が雛型作った支援計画書。新しい担当がそれを参考に新しい計画書を作ってる。ヘルパーさんも新しい担当も流石元ソーシャルワーカーだよねって関心してた。で、担当変えも実はもう決まってるんだよね。新しい担当は結婚後の支援に前向きなの、頭の古い化石さんは今日でさよなら」
「だったら最初に言ってくれれば…」
「あんたさ、私と婿はんが一緒にいるといつも説教しかしないし、モテないババアの僻み丸出しで大嫌いだった。最後に梯子外すの楽しみだったから」
「そうやって、反抗期の中学生みたいに社会に反抗してるうちに社会に戻れなくなるからね!私はそういうろくでなしを何人も見てきた!」
「それってあんたの支援がやっつけ仕事だったからじゃない?ちゃんとクライアントに向き合ってきたの?三科目のでもしか主事さん、バイバイ」
「新しい担当がつくならせいせいするわ、こんな小生意気で屁理屈垂れてるようなの!」
三科目主事のオバサンは婿はんの部屋から出て行った。下を向いていた婿はんの肩が震えていた。
「泣いてるの?婿はん?」
私が婿はんの肩に手を掛けると、婿はんはいきなり上を向いて笑い出した。
「嫁ちゃんがすごい意地悪で笑い堪えるの辛かったよ。オバサンが激昂して俺たちが包丁で刺されないか心配したもん」
「そんな、あんな小さいオバチャンが包丁持ち出しても私が取り押さえるよ」
「嫁ちゃんは根っこが強いな。俺のことを婿はんって呼ぶけど、嫁ちゃんが旦那で俺が妻みたい。いっつも嫁ちゃんに守れてるな、俺」
「私も一人だと弱いよ。婿はんがいるから愛の巣を守るために必死。雛鳥を守る親鳥みたいな感じ」
「嫁ちゃんならいいお母さんになるんだろうな。自立して働けるようになったら親になりたいね」
「そうだね。二人で折れた心にギプスつけて、早く骨接ぎしよう」
「うん、もう無くすものがないところからスタートしたら怖いものはないよ、後は上がるだけだよね」
婿はんはマシュマロみたいな優しい微笑みで答えてくれた。
私からあなたへ。
婿はん、あんたのことは一生私が守るからね。
照れて言えない一言を私は一人で心に誓った。
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