オレハン 第6話

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第6話 不器用な男  ガタガタと音を大きな音を立てて、トラックは道を走っている。  エアカーが生まれた現代でも、地区と地区を繋げる道は地面を走る。空を走るエアカーは目立つため、鳥のビーストに見つかりやすい。地区内ならそうそうビーストは現れないが、地区間の空は危険となる。  従って人々は今だ地面を走り、ハンターが護衛に就く。それゆえトラックの荷台の上は人が乗れるように、船の看板のように柵がついている。 空護と昌義はトラックの上で揺られながら、周りを警戒している。道路の周りは電気柵が立っており、その奥はうっそうとした森で囲まれており、延々と同じような景色が続いている。空からは柔らかな日が刺し、風が心地よい。 昌義はいつでも動けるよう、揺れに耐えながら立ち続けている。ともに護衛に就いている空護は、昌義と反対の方を監視している。その背は曲がることなくまっすぐに伸びており、空護の性根を表しているようだ。 「大神君は、ほんと、不器用だよね」  昌義のひとり言のように呟いた言葉を、ヴァルフェールで強化されているらしい空護の耳はしっかり拾った。 「何のことですか」  侮蔑とも言えそうな昌義のセリフに、空護は気を悪くすることなく、視線はそのままに昌義に言葉を返す。 「んー。大神君はほんとはいい子なのに、それを出すのが苦手だよね」  昌義にはむしろ隠すかのような振る舞いに感じられる。それに気が付いているのは、自分と敏久くらいだろうけど。 「身に覚えがありませんね」  ほんの少し、ほんの少しだけ空護の声が固くなった。気がついてしまえば分かりやすいその変化に、昌義は微笑ましさを感じた。 「素直じゃないねぇ」   でも、昌義は知っている。空護は、昌義の考え方も、清美のやり方も尊重してくれていること。それこそ昌義と組んだ時には、耳を研ぎ澄ませて無駄な殺生をせずにすむように早めにビーストを見つけてくれること。  戦い方が似ているせいかなかなか組むことはないが、清美と組んだ時には一匹も逃がさぬようフォローしていること。ただ空護がさらりと成し遂げているせいで、清美は気付いていない。  そして、勇也を熱心に育てていること。空護自身もともと強かったのもあるが、勇也が来る前、彼はいつも1人で自分を鍛えていた。孤独を好んだ彼が、勇也という後輩を持ってどうなるのか皆が心配していた。しかしそれは杞憂に終わり、空護は暇さえあれば勇也を鍛えている。   ハンターになって皆が通るのは戦闘訓練である。理由は単純。死なないためだ。  ビースト一撃は重く、人間に対して致命傷を与えるのは容易い。まともに喰らってしまえば簡単に死に至る。それゆえ新人ハンターは戦闘訓練を通して、最低限攻撃を躱せるようになる必要がある。ハンター人生を左右するのは、初期の戦闘訓練と言っても過言ではない。  その戦闘訓練を空護は厳しく行った。勇也は分かっていないだろうが、勇也の成長は著しく、そこら辺のビーストにはそうそう殺されないほどの実力を着けている。先日クマのビーストと対面して無傷だったことは、ホークギャザードの面々の度肝を抜いた。  空護は、勇也に口では散々言いながらも、大事にしているというのが、昌義の見解だった。きっと勇也は空護の優しさに気が付いていないから、いつネタばらしをしようかと楽しみにしている。 「オレは、」 空護の声を遮るように、遠くで鳥の鳴き声がした。昌義は自分のヴァルフェであるスナイパーライフルを構えた。 空護も足元に置いてあった機械を背負い、ヴァルフェの鷲狩を構えている。  昌義が自身のヴァルフェールをいじらなくてもビーストの姿が見えた。3mを越える鷲のビーストだ。  黒々とした羽に、鋼鉄のように堅そうなくちばし、足には鋭い爪。ビーストは空護達が乗っているトラックに狙いを定めたようで、まっすぐにこちらに向かってくる。 パアンっと銃声が鳴り響いた。昌義がビーストに狙いを定め、スナイパーライフルをぶちかました。マナで出来た弾丸は、ビーストにまっすぐ向かっていく。  ビーストが弾丸に向かって一度羽ばたく。すると突風が発生し、弾丸が打ち消された。 「だ、弾丸が…!」  ビーストの羽ばたき1つで己の弾丸がかき消されたことに昌義は驚愕する。  ビーストにとって弾丸はさほど脅威ではないようで何もなかったかのように、再び空護達の方に向かってきた。 「オレがいきます!」  もう一度ビーストに狙いを定める昌義の横で、カンカンカンと甲高い音を立てて空護が駆け出し、柵に足をかけると空を飛んだ。どうやら背負った機械はジェット機のようで、マナを噴出させながら空を飛んでいるようだ。  空護はまるでロケットのように猛スピードで空を飛んでいく。ビーストが再び突風を発生させたがその速度は落ちることはない。 ビーストは空護にドリルのようにくちばしを突き出し向かってくる。空護はそれを大きく上に上がり躱した。そしてすぐさま急降下し、鷲狩でビーストの首をはねようとした。しかし、慣れない空中戦のせいかその刃は青白く輝き、固い筋肉に弾かれた。 「ちっ」  空護の体はそのまま落ちていく。ビーストはとどめを刺そうとしたのか、空護を追って下降した。  空護は再びジェット機にマナを込め、上昇しビーストに向かって行った。ビーストのくちばしを体をひねってぎりぎり躱す。そしてすれ違い様に、他より筋肉の薄い羽を素早く切りつけた。  鷲狩の刃はまだ青みがかった白い刃だったが、羽を傷つけるのには十分だった。羽を傷つけられたビーストはバランスを崩し、地に落ちていく。  空護も後を追い、地上に着陸した。ビーストは未だ空護を威嚇するように鳴いていたが、地上戦では圧倒的に空護が有利だった。  傷ついたビーストは長くは持たない。他のビーストに襲われて終わりである。空を飛べない鷲ならなおさらだ。 ビーストが苦しむことのないよう、空護は迷わず首をはねた。 ぶしゃりと血が飛び出し、ビーストの頭がごろりと転がった。 空護の耳に数匹のビーストの息遣いが聞こえた。デンジャーゾーンで血の匂いをまき散らしているのだから当然だろうと、空護は慌てることなく再び空を飛び、トラックに戻っていく。 「ただいま戻りました」 「ありがとうね」  空護がトラックのデッキに戻ってくると、昌義はにこやかに出迎えた。  空護はジェット機を降ろし、デッキの床に置いた。ごとりと重たい音がする。 「それ、研究所の?」  ジェット機という見慣れないヴァルフェールを昌義は指さした。 「そうです。先日研究所に行った際、使ってみて欲しいということで。佐川班長には許可はもらっています」 「へえ、かっこいいね」  鷲巣にはハンター用の研究所がある。特にヴァルフェやヴァルフェールなどの武器の強化を対象に研究を行っている。空護の保護者はそこの研究員だそうで、空護はよく実地試験として試作品を用いている。今回初めて使われたジェット機もその1つのようだ。 「相当マナ使いますし、コントロールが難しいのが難点ですね。使い慣れないと動きがおおざっぱになりそうです」  昌義の目から見ても、空護にしてはいつもの戦闘より苦戦していたように見えた。空中で体のバランスがとりにくいのと、ジェット機にマナを使用するせいで、鷲狩のマナのコントロールまで気が回らないのが原因だろう。 「大神君でも難しいのか。鳥のビーストに使えそうだけど、普及されるようになるにはもう少しかかりそうだね」 「そうですね」  鳥のビーストには多くのハンターが苦戦している。昌義はいままでスナイパーライフルといハンターでは珍しい長距離武器を用いていたため、今まで苦ではなかったが、今回のように弾丸が羽ばたき1つでかき消されてしまうようなら、更なる改善が必要となるだろう。 「それと先ほどの話の続きですが」  空護の言葉を聞いて、昌義は話の途中であることを思い出す。こういうところが律儀なのだと、昌義は小さく笑った。 「オレはするべきことをしているだけなので」  空護は最後にそういうと、辺りの監視に戻る。その背からは、これ以上踏み込んでほしくないという拒絶を感じた。  空護は時々、こういう触れられたくないという空気を出すときがある。 昌義は、空護が隠し事していることくらい、分かっている。 ―――ヴァルフェール、見られなくないので。  空護が初めてホークギャザードにきた日、ローブをかぶったままの空護はそう言った。その言葉を素直に受け取った清美は、空護の態度が気に入らなかったようで、空護に対し険悪な空気を放っているが、空護はあえてそのままにしている節があった。  昌義は大人だから、空護に何か事情があるのだろうと察したし、敏久に関してはより深くまで知っているようだ。  昌義はそんな空護を見守ることしか出来ない。大事にしているくせに、正直に言えない、不器用な男を。 「やっぱり不器用だねえ」  空護の頑なな態度に、昌義は苦笑いを浮かべ監視に戻った。 ―――空護の「護」は護るって意味なんだぜ  空護は大事な人のかつての言葉を思い出す。自分の名前は、あのひとがくれた数少ないものだから、名前に恥じない自分でありたかった。自分の行いは、全てそこに起因している。だから空護にとって、昌義に言ったことは嘘ではなかった。  自分の行動1つ1つが、すべて自分のすべきこと。それが死ぬまで変わらないことは、空護だけが知っていればよかった。
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