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ちびっ子魔女は悪役令嬢の味方です!
◇◇◇
小さな魔女アルテミスは、悪魔の森のさらに奥深く、混沌の森に一人で住んでいる。
魔女を育ててくれたお師匠さんはすでに亡く、たった一人の弟子だったアルテミスが、魔女の全てを受け継いだ。その、叡智も、深淵も、業も、呪いも、何もかも。
魔女は待っていた。自分の力を必要とするものが訪れるのを。
ただ、混沌の森はあまりにも深く、たどり着けるものはいやしない。
魔女は毎日退屈だった。
「あーあ、せっかくの力も使わなきゃ宝の持ち腐れ。魔力が余ってしょうがないわ。ドーンと一発ぶちかましてこの国を破壊してやろうかしら?」
魔女は結構危険な性格をしていた。師匠が育て方を間違ったに違いない。なにしろ師匠の通り名は「災厄の魔女」だったしね。
ドンドンドン!
玄関を破壊しそうな勢いで叩くものがいた。魔女は目を見張る。さっきまで、確かにだれもいなかったのに。
この森に、魔女に気付かれずに侵入してくるとは、ただものではない。
「あら?とても、面白そうなお客様ね。退屈してたからちょうどいいわ?」
魔女はニヤリと笑うと、玄関を開けた。
「それ以上玄関を叩いたら殺すわよ?」
目の前には、ゴージャスな金髪にサファイアのような目を持つ気の強そうな少女が立っていた。
◇◇◇
「で、エカテリーナ、あんたの望みを話して頂戴」
「災厄の魔女にお願いがあるわ。ある人を私に夢中にさせてほしいの」
「ふうん?惚れ薬でも作ってほしいのかしら?」
「惚れ薬でもなんでもいいわ。一生解けない愛の呪縛をかけたいのよ!」
「あら、こわい。人の気持ちをクスリの力で操ろうなんて。女として自信がないっていってるも同然ね。恥ずかしく無いのかしら」
「自信なんて、そんなもの最初からないわ」
「あらどうして?あなたはこんなに美しいのに……」
―――魔女の目が怪しく光る
「やめてちょうだい!私に魅了の力は効かないわ」
「あらほんと。結構強力なやつなのに。自信なくしちゃうわ」
「私は生まれつきすべての魔法を無効化することができる体質なの。そんなもの効かないわ」
「へぇ……面白い能力ね。それで、誰を操りたいの?」
「話す必要があるのかしら?」
「話したくないなら別にいいわよ。興味が沸かないだけ。うっかり毒薬を作っちゃっても悪く思わないでね」
「さすが、魔女ね」
「ほめ言葉だと受け取っておくわ」
「この国の第一王子よ」
「あらあら、物騒なお話だこと。国家転覆でも狙ってるのかしら」
「もともと、私の婚約者なのよ。でも、殿下はある日を境にある女に奪われたの」
「あらあら」
「その女が殿下に何をしたのか分からない。でも、殿下はすっかり変わってしまったわ……」
「それで?心変わりした殿下をクスリの力で取り戻そうと言うのね?」
「そうよ……」
「ひとつ聞いておくわ。クスリの力で愛されて、あなた、幸せ?それって愛って言える?もっと惨めにならない?」
「構わないわ。クスリの力でもなんでもいいわ。なんなら義務でも同情でも憐れみでも構わない。殿下が私のそばにいてくれるなら、なんだっていいのよ」
令嬢としてのプライドなどかなぐり捨て、吐き捨てるように言ったエカテリーナの言葉には少しの嘘も感じられない。
「愛ね。愛だわっ!愛なのねっ!」
魔女は高らかに笑い出す。面白いおもちゃを見つけた子どもみたいに。
「いきなさい、エカテリーナ、王子はあなたのものよ!」
「え、でも、まだ何も貰っていないわ……」
「ふふ、ふふふ、わたくしを誰だと思っているの?わたくしは災厄の魔女。古の魔力を継承するもの。エカテリーナ、あなたを気に入ったわ。だから味方になってあげる。すべてはあなたの思いのままよ」
◇◇◇
「どういうことよ?」
「あらエミリア、久しぶりね?」
「あんたの仕業でしょう?王子に掛けた魅了を解いたわね?」
「あらあら、なんのことかしら」
「とぼけても無駄よっ!せっかく上手くいってたのに、何もかも台無しよ!」
「あらあら」
「王子はエカテリーナとの結婚を決めたわ!もう、覆せない。後一歩だったのにっ!」
「ねーえ、エミリア、あなたはなぜ王子の心が欲しかったの?」
「そんなの決まってる!私がこの世界のヒロインだからよ!この世界の全ては私のために作られたの!だから、私に夢中にならないキャラなんておかしいのよ!間違いを修正してやっただけよ!」
「あなたのそのイカレた考えも、嫌いじゃないわ」
「じゃあなんで私の邪魔したのよ!」
「だってしょうがないじゃない。昔から、魔女の呪いは真実の愛でのみ解けるって約束だもの」
「エカテリーナに真実の愛があったっていいたいの?」
「そうよ。エカテリーナの愛は本物だわ。私がそれを認めてしまった。魔法はあっと言う間に解けてしまったわ」
「何が災厄の魔女よっ!この役立たず!はやく元に戻しなさいよ!」
「あらあら、元に戻りたいの?」
「そうよっ!こうなったらこのゲーム、リセットして最初からやり直すんだから!」
「はぁ、最初は面白いって思ってたけど、あなたの相手をするの、もう飽きちゃったわ」
魔女は魔法の杖をくるくると回す。
「男漁りが大好きなあなたには、この姿がお似合いよ」
気がつくとエミリアの姿は消え、魔女の足元で小さな黒猫が鳴いていた。
「気まぐれな子猫ちゃん、雄猫たちを好きなだけ魅了すればいいわ。気に入ったお婿さんがいたら何匹でも連れてらっしゃい。」
子猫は小さく鳴くと部屋の隅で丸くなった。
「あらあら、本能に忠実なのね。あなたらしいわ」
そう言ってクスクスと笑う。
「さてと。真実の愛で偽りの魔法は解けたけれど、エカテリーナは王子からの真実の愛を得られるかしら。そして、それが王子の心からのものだと、信じることができるかしら?」
魔女はクスクスと笑う。
「しばらく退屈しないで済みそうね?」
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