◆規格外001/透ける漆黒、透けないオレンジ

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覆い被さる様な状態、2人の距離は僅か数cm。お互いの呼吸ですら、お互いに感じる距離。 「…イーヴル?」 身体を押さえられている黒曜は声を出すしか出来ない。いや、無理矢理暴れる事も可能だった筈だ。だがそれを選択しなかった。黒曜だってイーヴルが大事だからだ。 「目が困ってる」 アインスに心を開くには若過ぎた。 アインスはまだ10代の黒曜を気に入って手元に置き、知識と技術を教え込んだ。すぐに飲み込んだ黒曜は短期間でエンジニア班のトップクラス技術者になったが、その分反発も大きかった。妬みの対象となり、ますます心を開けなくなった。 必死に黒曜を庇ってくれたアインスには感謝をしている。だが、それをきちんと返せないままだ。 榛原に心を開くには素直さが足りなかった。 1番酷い状態の時にエンジニア班から引き出してくれた榛原。遊撃2班に必要だと笑顔で迎えてくれた。黒曜は自身の技術と知識を惜しみなく提供し、榛原はそれに対して後方指揮を授けてくれた。 裏方だけではなく少しだけだが表に立てる。直接手を下しはしないが的確な指揮を上層は評価した。それが『エンジニアなのにブルーライン3本』と言う評価。 だがエンジニア班での事を引き摺り、遊撃2班においても素直になれなかった。素直に心を開ききれなかった。榛原はいつだって、優しく見守ってくれていたと言うのに。 イーヴルに心を開くには時間が掛かった。 エンジニア班、遊撃2班と男ばかりの所属が続き、次いで6隊への転属。女性エンジニアだからと疎まれるのが怖かった。もともと一人称が『僕』だった事もあり、面倒を避ける為に榛原に引き継ぎ書類を作成して貰った。女性でありながら、それを敢えて隠すと言う引き継ぎ書類。 幸い身長も170cmあるし、胸はないし髪も短い。 意外にも6隊の人達は疑わなかった。いや、もしかしたら疑われていたのかもしれない。しかし6隊のメンバーは敢えて誰もそれを確認しなかった。だが黒曜自身、多少の罪悪感は持っていた。いつか、何かのきっかけからばれてくれれば、と思ったものだ。 後方指揮の際には護衛をしてくれて、いくらぞんざいに扱っても呆れながらサポートをしてくれる。何よりイーヴルの洞察力は6隊の壁移行に際して重要な役割を担う事となった。 あまりにも一緒にいすぎた。彼は優しくしてくれる。だからこそ素を晒してしまった。自らそれを暴露する事を選んだ。彼に少しずつだが心を開く努力をした。 「イーヴル、右手を貸してよ」 押さえていた手を外して貰い、左手でイーヴルの右手をそっと取る。それを黒曜は自分の左胸に当てた。衣類越しだから拍動はわからない。 「『僕を寄越せ』って言ったよな?」 空いている右手を伸ばし、今度は黒曜がイーヴルの髪に指を差し込んだ。 「だったら僕をちゃんと貰い受けなよ。僕は…イーヴルなら構わない」 紫の瞳がオレンジの瞳を捉える。お互いにもう退く事は出来ない。 「…おいでよ、イーヴル」 ───────────────
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