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お互いに感情は持っていた。相手の感情がわからないから推測するしかなかったが、自分自身に蠢く感情は理解している。普段からあれだけ近い距離にいながら、相手の感情を知る事を避けていた気がする。
イーヴルは黒曜に対して希望的推測を立てては、いつもぎりぎりの箇所で我慢した。過去に何度かこの2人の間にある見えない壁を壊す機会はあった筈なのに、自分が堪える事でそれまでの関係を保とうとしてきた。
一方黒曜は自らは進撃しない。単純に動き方がわからず、いつも知らず知らずイーヴルに甘えていた。
お互いの間に見えない壁を構築し、感情を自分のエリアだけに留め相手側へは1滴たりとも流さなかった。
それを、壊した。
決壊した壁からは感情が流れ出る。それまでずっと我慢し続けていたが故に、もう理性は欠片もない。
それまでを埋めるかのごとく、ゼロ距離を堪能する。最初は浅く軽く。次第に深く深くなっていく。暫くするとイーヴルは黒曜から唇を離した。代わりに黒曜が着ているパーカーのフードと身頃の境目辺りを咥えて固定する。左手は黒曜の右手と繋がれている。だからこうしないと、黒曜のパーカーを開けない。
パーカーの下にはやはりシンプル極まりないグレーのタンクトップ。たくし上げようとして、手が止まった。そのまま進んでしまったら多分止められない。
「…ねぇ黒曜さん。明日洗濯も手入れも手伝うから、ベッドを借りても良い?」
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黒曜は動じない。
イーヴルに抱えられて自分のベッドにそっと下ろされ数少ない衣類を剥がされても、黒曜は動じない。それは黒曜がイーヴルを信頼している事の他ならない。
「明日、ショッピングモールへ行こうよ。黒曜さんらしい機能重視な下着も良いけれど、少しくらいそれっぽいのも身に付けて欲しい。俺が選びたい」
「…はぁ?」
「俺、きっと黒曜さんに対する独占欲が強いんだと思う」
これまでイーヴルが妹以外の女性に、服やアクセサリーと言った身に付ける物を選んであげた事はない。彼の趣味が悪い訳ではないが、好みが合わなかった時に面倒だった。プレゼントを渡す機会がある際には、渡す相手に欲しい物を確認してから渡す。自分で選んで、それをあげたいと思った事がなかった。
黒曜がさっきまで着ていたパーカーが床に放られている。イーヴルのネクタイと黒シャツも放られていた。それだけではない。
黒曜は動じないし、羞じらわない。
全てを晒されても触れられても、動じないし羞じらわない。
オレンジの髪が素肌に触れる。それとはまた違った感触も同時に来る。首筋から下がり、心臓の上へ。彼は無意識に鼓動を告げる場所を狙う。それは彼の独占欲の証。彼が思っている以上に、彼の独占欲は根が深い。外から見える箇所には痕跡を残さない。命を司る、拍動を告げる場所の側に、彼は紅い痕跡をいくつも残した。
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