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□番外編001/Happy birthday to Ivre.
□番外編001/Happy birthday to Ivre.
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その日は年度末の忙しい日だった。それは中央管轄区司令部も例外ではない。
所謂事務局なんかは特に忙しく、書類タワーを構築しながらせっせとそれを処理していく。事務局ではないものの、即応部隊第6小隊もそれなりに忙しかった。
各所に送る書類が結構あるのだ。
忙しくないのは黒曜くらい。次年度向けの機材カタログを眺めながら、どれなら予算内で納まるか勝手に妄想していた。
リアンとアオイはとにかく書類全般を、アイゼンとイーヴルは弾薬保管に関する帳簿の取り纏めに追われていた。
少し落ち着いた午後、イチヨンサンマル。
何気なくアオイがそれを呟いた。
「そう言えばリアンさんは7月生まれでしたよね?」
「そうだけど、それがどうかした?」
「でもってアイゼンさんが11月で黒曜さんは10月…ですよね?」
「あぁ」
「そうだね」
「あれ?イーヴルさんは?イーヴルさんはいつが誕生日なのですか?」
そう言えば、と皆が思う。リアンがカレンダーを手に取る。
「…アイゼン、今日何日?」
「…何日だっけ?」
「…にじゅう…くにち…」
年度末の書類攻めの結果、日付感覚が狂っていたレッドライン2人。それに対して気付いてしまったエンジニア。
リアンはちらりとイーヴルを見た。別段普段のまま、弾薬保管の書類を束ねていた。
「アオイ。俺の誕生日、まさに今日。でも年度末で忙しいからさ、あまり気にした事ないんだ」
「そうなんですか!おめでとうございます!」
イーヴルにとってこのやりとりは既に慣れっこであった。年度末ぎりぎりに生まれた彼は、大人になってから祝って貰う事はなくなった。大人として、年度末がいかに忙しいかを知っているからだ。
今更そんなに祝って貰う事でもない。そう、割り切っているつもりだった。
「アオイ、ちょっと良いか?」
リアンがアオイを連れ出そうとした。
「みんな、外に行くような要請は一旦保留にしておいて下さい。少しアオイと出掛けます」
2人は連れ立って事務室をあとにした。
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30分程して、帰還したアオイの手には1つの白い箱が提げられていた。
ローテーブルの真ん中にそれをそっと置くと、リアンを追い掛けるようにミニキッチンへと向かう。にこにこと楽しそうだ。程なく、淹れたてのコーヒーの良い香りが漂って来た。
「黒曜さん、アイゼン!手伝ってくれるかい?」
その呼び掛けに応じ、2人がリアンの元へと向かう。黒曜の手には5枚のプレートと5本のフォーク。アイゼンの手には持てるだけのマグカップ。それらは白い箱を中心に並べられて行った。
ステンレスポットに淹れられたコーヒーを持って、アオイも合流する。残ったマグカップやシュガー類も全て準備された。
「イーヴルさん、来て下さい」
「あぁ」
促されるまま、イーヴルはアオイにソファーへと押し込められた。ひとつひとつのマグカップにコーヒーが注がれる。アオイの手により、白い箱が開けられた。
「イーヴルさん、最初に選んで下さい」
「イーヴル、遠慮はいらないよ。今更、だろ?アオイがとても祝いたそうな顔をしていたから」
イーヴルは手元のプレートを箱に寄せると、色とりどりのケーキから1つを選び取った。
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「お誕生日おめでとうございます!」
彼にとってその言葉はいつ振りだっただろうか。
子供の頃は両親から毎年祝って貰っていた。ジュニアハイスクールを卒業して軍事学校に進んでからはすっかり縁がなくなってしまったその言葉。大人になってからは年度末を知り、もう祝って貰わなくても良いかとなったその日。
彼は気付いてくれた同僚達に祝って貰った。
ささやかなカットケーキだが、自分を祝う為に用意してくれた事が嬉しかったし、何よりその気持ちが堪らなく幸せだった。
「ありがとう。驚いた。この歳になって祝って貰えるとは思わなかったから」
誕生日、確かにその日はこの世に生まれた日だ。生まれた事を祝うとともに、出会えた事を感謝する日。全く違う道を歩んでいた者達が、偶然にも出会縁を繋いだ事を喜ぶ日。
──生まれて来てくれてありがとう。
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Happy birthday!
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2021/03/29
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