◆規格外003/黒色ピアス

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◆規格外003/黒色ピアス

◆規格外003/黒色ピアス ────────────────── 「イーヴル、ほら。早く耳を出して」 「あー。黒曜さん、ヘアピン借りても良い?」 「ヘアピン?」 「髪、留める」 黒曜の髪に留められていた紺色のヘアピンを2本借りる。左耳の上の髪をそれで留めると、イーヴルは大人しく自分の耳を黒曜に向けた。 「ちょっと待ってて」 専用のペンで印を付ける。一旦その場を離れ、石鹸で丁寧に手を洗った。戻って来るとその手でパッケージを開封し中に入っているピアッサーを取り出した。 「黒曜さん、3、2、1でやってよ?」 「わかってるよ」 黒曜がイーヴルの耳朶にピアッサーを乗せる。イーヴルは覚悟を決めるかのように息を飲んだ。 「イーヴル、行くよ」 「…あぁ」 黒曜の指に力が込められた。いつでもイーヴルの耳にピアスホールを空けられる。 「3、2…」 バッチーン! 「痛てぇ!」 動きたいがまだ耳からピアッサーが外れていない。そっと外して貰い、黒曜から消毒液が染み込んだコットンを受け取る。それを空けられた箇所に押し付けながら、イーヴルは黒曜に抗議の視線を送り付ける。 「黒曜さん!3、2、1でやってって言ったじゃん!」 「そんな1まで待ってやらなくても、逆に途中の方が気負わず空けられるだろ!」 駄目だ。この上司にはとても敵わない。イーヴルは諦めた。彼の黒曜に関する諦めは早い。そうやって付き合っていかなければ、この上司と上手くやって行けない。彼なりに身につけた処世術だった。 その内、黒曜が自分のヘアピンを使いいつもとは逆の右側の髪を留め始めた。 ガサガサと紙袋に手を突っ込む。今回、イーヴルのピアスホールを空けるにあたり、必要物資は黒曜が調達して来た。本当はイーヴルが調達出来れば良かったのだが、前日の仕事が思っていたよりも長引いてしまい、ショップへと赴けなくなってしまったのだ。もう今日しか空けられないからと、昨日黒曜が代わりに調達に出掛けてくれた。 紙袋から出て来た黒曜の手には未開封のピアッサー。鏡を見ながら位置を決めてペンで印を付ける。それからパッケージを開けてピアッサーをイーヴルに手渡した。 「空けるのは僕がやるから、位置だけ確認して合わせて」 言われるがまま、黒曜に付けられた印にピアッサーのピンを合わせる。それをそっと黒曜に返した。受け取った黒曜は何の躊躇いもなくバチン、と空けた。多少なりに痛そうな表情は見せたものの、イーヴル程に騒ぐ事はない。 イーヴルにピアッサーを外して貰い、黒曜も自身の耳朶にコットンを押し付ける。 「ねぇ黒曜さん、何で?」 「何でって、何が?」 「何で黒曜さんも穴を空けたの?」 その問い掛けに、黒曜は再び紙袋に手を入れる。ここで出て来たのはファスナー付きの小さな袋に入れられた2組のピアス。1組は透明なもの、もう1組は黒い石が取り付けられたピアス。 「先日買い出しに行った時、このピアスを見ていたじゃないか。これを着けたくて、ピアスホールを空ける気になったんだろ?」 「いや、まぁそうだけどさ」 黒曜が透明のファーストピアスを手に取ると、それをひとつイーヴルの空けたばかりのピアスホールに通した。もうひとつは自分のピアスホールに。 「こっちの黒いピアスは早くて1ヶ月後かな」 小袋のファスナーを閉じ、それを丁寧に仕舞う。 「僕は後方補正指揮で、イーヴルはそんな僕の背中を護衛してくれる。僕は右でイーヴルは左。丁度良い」 何がどう丁度良いのかイーヴルにはわからない。だが珍しく黒曜が嬉しそうだったから、それはそれでイーヴルは満足した。 黒曜のピアスは髪に隠れて見えなくなるが、そんな事は些細な事だ。『着いている』と言う事実こそ、2人には大事な事だった。 2人の耳にお揃いのピアスが着くまで、最短であと1ヶ月。 ──────────────── 2021/07/29
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