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「黒曜さん、誕生日おめでとう」
「はい?」
すぐにイーヴルの言葉を理解出来ない。それはそうだ。僕は今まで誰かに誕生日を祝って貰った事がない。
物心付いた時には既に保護施設にいた僕。両親、出身、誕生日。何の情報すら持たない僕。唯一明確だったのは『黒曜』と言う名前だけ。それすら確実なモノかどうかあやしかった。
18歳になる前くらいに、僕はシンハラの手によって引き上げられた。西方エンジニア班から遊撃2班へ。当時の僕は、その本当の理由を知らなかった。
真実を知ったのはそんなに前ではない。仕事で行った東方の街でその片鱗を掴んでしまった。僕はシンハラを問い詰め、事実を知った。
──血縁関係はなくとも、僕はシンハラの妹。
シンハラから渡された手帳には、僕の両親の名前も誕生日も記されていた。
事実を知ったあとは慌ただしさしかない日々が続いた。あらゆる行事、仕事、大きな決断と別れ。そして迎えた今日と言う日。『誕生日』と言うものはあまりにも自分に縁がなさすぎて、すっかり抜け落ちていた。
「黒曜さんの事だ。何か物としてのプレゼントはきっと好まない。だからこの時期にしか見られない、この景色を一緒に見たくて連れて来た」
「…」
「きっと、黒曜さんが俺を北方に連れて来たのには意味がある。リアンもアイゼンもアオイも当然ここを知らない。妹や弟もここへ連れて来た事はない。黒曜さんだから、一緒にここへ来たかった」
直射は当たらないのに、陽の光のように輝るイーヴル。彼の笑顔は日向のように暖かい。日陰の僕には勿体ないくらい、ひたすらに暖かい。そんな彼が、どうして僕の傍にいてくれるのだろうか。
「…ありがとう」
その言葉を発したのは僕ではない。
「黒曜さん、いつも傍にいてくれてありがとう。もう人を撃てない俺なのに、変わらず背中を預けてくれてありがとう。たくさんの事を教えてくれてありがとう」
「…イーヴル?」
「俺は黒曜さんに出会えて良かったと思っている。棄てた筈の夢はまだ棄てていないと気付かせて貰った。軍人として道が途絶えたと思っていた俺に、道を見せてくれた。…もう人を好きになんかならないと思っていたのに…人を好きになる事の良さを教えてくれた」
「…」
「俺を選んでくれてありがとう。…生まれてきてくれて、俺と出会ってくれてありがとう」
いつだって、その暖かい笑顔は僕に向けられている。僕がどんなに酷い対応をしても、彼はいつだって受け止めてくれた。
──寧ろ…。
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