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──寧ろあの言葉は僕が言うべき言葉。
白く曇った浴室を眺めながら、イーヴルが向けてくれた言葉を考える。ぶくぶくと半分湯船に沈みながら、イーヴルがしてくれた事を考える。
「黒曜さーん、起きてる?」
「起きてるよ」
初めてのタンデム。風を受ける事がこんなにも疲れるとは思わなかった。
イーヴルは良く気が付く。きっと僕が疲れてしまうのもわかっていたのだろう。早々に切り上げ帰宅をした。夕飯に食べたいものを問われ、少しだけ悩みシチューと答えた。
湯を張り、近くのマーケットへ買い出しに出た。帰る頃には風呂が出来ていると言う寸法だ。いつ寝てしまってもおかしくない僕を先に風呂へ押し込み、イーヴルはシチューを作り始めた。
ゆっくり湯に浸かっていると、そのうち良い匂いが漂って来た。
寝落ちて湯に沈みイーヴルに手間を掛けるのが申し訳なくて、風呂を上がる。濡れた髪を拭き、Tシャツとハーフパンツとパーカーを身に付けた。
「イーヴル…」
「黒曜さん?」
イーヴルがシチューを作る手を止めるのを確認してから、自分より少し大きい背中に顔を埋めた。その背中は陽だまりのように温かい。
「…イーヴル、ありがとう」
「ん?」
「…ずっと、僕の背中を守ってくれてありがとう。こんな僕の傍にいつもいてくれてありがとう。いつもそっと手を差し伸べてくれて…ありがとう」
「…」
「本当は僕がお礼を言わなきゃいけないんだ。初めて誕生日を祝って貰えた事、イーヴルにはたくさんの事をして貰っている。感謝ばかりなんだ…いつもは言えないだけで…」
「…黒曜さん」
「イーヴル、僕の方が『出会ってくれてありがとう』なんだ!」
イーヴルが僕の方を向く。手を引かれ、イーヴルの肩に顔が埋まる。
「黒曜さん、眠たいんでしょう。黒曜さんが眠い時って不機嫌か甘えるかのどっちか。いいよ、存分に甘えなよ」
「…うん」
僕は自分の手をイーヴルの背中に回す。イーヴルは僕の髪に指を通す。それからそっと撫でてくれる。
「シチュー、どうしても食べたくなったんだ。北方のシチュー」
「?」
「1度だけ食べた事があるんだ、北方のシチュー。駐屯地で食べたシチューが美味しかったから、また食べたかったんだ」
「そっか。今日の、美味しいと良いな」
あぁ。僕はずっと彼の優しさに知らず知らず甘えていたんだな。
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