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□番外編003/ギムレットの言葉
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「シュタールさん、お願いがあります」
陽の光が窓から差し込む事務室。そこはかつて中央管轄区司令部即応部隊特殊案件担当6隊が使っていた部屋。中央6隊は解散され、今は中央管理課がそこを引き継いで使っている。
「何だ、サフィール。俺に出来る事か?」
「はい。多分シュタールさんが1番知っているかと思って」
陽の光を浴びてきらきらと綺麗な金色を輝かせながら、サフィールはシュタールにそう答える。彼の髪はもう長くない。
「シュタールさん、僕に美味しいカクテルを出してくれるバーを教えてくれませんか?」
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その空間はとても静かだ。落ち着いた音楽が流れ、程々に薄暗い空間。スタッフに案内されてカウンターへと彼等は案内された。
「わざわざバーへ行きたいなど、どう言う了見だ?サフィール」
「いえ、どうしても今日、飲みたい気分だったんです」
「そうか」
仕事上がりの彼等は青い通常軍服のままだ。上着は脱ぎ片手に携え、その店の扉を潜った。
「モスコミュールを」
先にオーダーをしたのはシュタールだ。
「サフィールはどうする?」
「僕は…」
僅かばかり迷いながらサフィールもオーダーをする。
「僕はギムレットをお願いします」
「随分強いものを好むんだな。意外だ」
「そうですね。いつもなら無理ないものを選ぶのですが…」
サフィールの表情に笑顔はない。
「何せ今日と言う日ですから」
「今日?」
世間的にこの日はこれと言った何かがある訳ではない。ではサフィールにとって『今日』とは何か。シュタールは思考を巡らす。そして思い当たった事柄がひとつだけ。
「…コーネリア隊長か」
シュタールの口から出た名前にぴくりとサフィールは反応する。彼にとってその名前は大切なものであり、苦いものだ。
「…えぇ。あれから1年なんですね」
「早かったか?それとも遅かったか?」
「うーん、良くわかりません。日々必死すぎて、早いのか遅いのかとか考えられませんでした」
そのうち彼等の前にふたつのカクテルが静かに置かれた。ひとつは銅のカップに入ったもの、もうひとつはカクテルグラスに入れられたもの。
シュタールは冷たい銅のカップを手にするとそれを頂こうとした。だが、カップの縁が口に付く直前でそれを止める。サフィールの行動が目に入ったからだ。カップをそっと置くと、その行動を静かに見守った。
「リアンさんが生きていた事に…乾杯」
低すぎず高すぎない程度の中空にカクテルグラス掲げ、それをじっと見詰めていたサフィールの口から出た言葉。サフィールがずっと背中を追っていた人物の名前。サフィールが傍にいながら、取り零してしまったその命の持ち主。
シュタールが再度銅のカップを手にすると、それをサフィールへと向ける。
「コーネリア隊長に乾杯」
「シュタールさん…。はい、乾杯です」
カップとグラスが静かにぶつかる。
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「どうだ?ギムレットは」
「話に聞いていた通り、やはり強いですね」
シュタールもサフィールも無理な飲み方はしない。ゆっくりとその場の空気とカクテルを楽しむかのように、静かに頂いていく。特にサフィールのものは強い。彼はリアンから優しい飲み方を教わっていた。だから無理なく美味しいものをちゃんと頂く。
「なぁサフィール。どうして『ギムレット』だったんだ?」
サフィールは自分には強いアルコールと理解していながら、それを選んでいた。もっと飲みやすいものもある筈なのに、何故それだったのか。
「たまたま教えて貰ったんです。カクテル言葉を」
「カクテル言葉?」
あぁ、と納得する。花や石にあるように、カクテルにもそれぞれに意味と言葉が存在する。シュタールはそれを気にして飲んだ事はないが、今日のサフィールにはどうしてもそれに拘りたい理由があるらしい。
──何だったか、ギムレットのカクテル言葉。
いくらシュタールとは言え、そこまでは把握していなかった。仕事をする上で必要としなかったから、それを把握していなかった。
「『長い別れ』と『遠い人を想う』なんですってね。教えてくれた人が僕みたいなカラーで、まさに僕を表す言葉だって」
ギムレットのカラーは淡い。白色に僅かな柑橘系果汁のカラー。サフィールのようだと言われれば、確かにそう見える。
「あれから1年経ちますが、やはり今でも僕の目標であり指針はリアンさんなのです。イーヴルさんも忘れなくていいって仰ってましたし、僕も忘れたくありません」
「成程、な。確かにあの日は苦い日だ。俺としても忘れられないし、忘れてはいけない。もう二度と、あの日のような事はあってはならないと思っている」
サフィールのグラスにはまだギムレットが残っている。だがシュタールのカップには、もうモスコミュールは残っていない。
「マスター、ギムレットを」
「かしこまりました」
暫く待ち、シュタールの前にギムレットが提供された。それを手にすると先程のサフィールと同じように中空へと掲げる。
「コーネリア隊長が生きていた事に乾杯」
シュタールがグラスをサフィールに向ける。それに応えるように、サフィールも改めてグラスを手にして軽くぶつける。上質なガラスが綺麗な音を響かせた。
「忘れなくても良い。サフィールはちゃんと立ち上がって歩いている。もう姿はないが、それでもコーネリア隊長に追い付こうと前へと進んでいる。確かにサフィールにしてみれば『長い別れ』でありもういない『遠い人を想う』事をしている。だが悪い方向ではない」
「いつか僕が彼の地へ行ってリアンさんと再会した時、胸を張って会いたいんです。あの笑顔で『頑張ったね』ってなでて貰いたいんです。僕にとってリアンさんはいつまでも目標ですから」
ここに来て、初めての笑顔をシュタールに向ける。
「サフィール、お前は生き続けられるか?コーネリア隊長に再会した時に、自信もって生き抜いたと言えるように生きられるか?」
「はい、勿論です。僕はリアンさんの笑顔が見たいですから」
「なら生きろ。笑顔でいろ。サフィールが笑顔でいてくれないと、俺とレキが顔を合わせられない」
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空のグラスがふたつ、カウンターに並べて置かれている。
その中にはギムレットが入っていた。『長い別れ』を経験し、それでもなお『遠い人を想う』若者。そんな彼を、彼に知られる事なく見守って来た青年。
彼等は初めてグラスを共にした。
若者が慕い続ける者の命日となる日に。
若者が慕い続ける者を偲び、そしてまた前に歩く為に。
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2022/06/06/□番外編003
この日付を入れてありますが、中央都市クーデターはこの日ではないかもしれません。
彼等の住む世界線のどこかの日の話です。
こちらの小話は、Twitterにて相互様が選んで下さったカクテルを元に書かせて頂きました。
彼等の世界線のイメージでありながら、アオイにぴったりのこのカクテル。本当にありがとうございます!
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