◆規格外001/透ける漆黒、透けないオレンジ

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前日の事だ。 出張していたイーヴルが電話を寄越した。定時帰宅し、自宅で軽く食事をしようとした時だった。一旦は出損ねてしまった着信。だが間を空けずメールが届く。 『頼まれたお酒、入手出来ました』 そのメッセージを見た黒曜は嬉しくなり、珍しく高いテンションでイーヴルに折り返し電話を掛けた。イーヴルはすぐに出てくれて、しかもそれを届けてくれると告げた。暫くすればインターフォンが鳴ったので、マンションのオートロックを解除。自宅玄関もロックを外し、イーヴルを待った。 「こんばんは、黒曜さん」 「ありがとう、イーヴル。とりあえず中に入りなよ」 肌寒い中、わざわざ酒を届けてくれたイーヴルを暖かい部屋へ招いた。せめてお礼くらいはしたかった。 「ごめんね黒曜さん。食事中だった?」 「構わないよ。イーヴルは食べた?」 「いや、まだ。帰りにコンビニかな」 「だったらたくさんはないけれど、食べていきなよ」 そう言うと黒曜はイーヴルの分の取り皿と箸を取りにキッチンへと向かう。そんな黒曜の後ろ姿を見ながら、イーヴルは気が気ではない。 ──全く、無防備だなぁ。俺だからと安心してないか? 明らかに風呂上がり少ししたくらいであろう乾いたばかりの黒髪、薄手の黒いパーカー、そしてパーカーと対になるショートパンツ。普段の格好からはとても想像つかないその黒曜の姿。イーヴルは黒曜の扱いに慣れているから良いが、出来ればもう少し気を遣った方が良いと思っていた。 ──頼むから俺の前でだけにしてくれ。 多分、イーヴルの前だから無意識に気を許しているのだと思う。寧ろそうあって欲しかった。 イーヴルは入手した酒をダイニングテーブルに乗せた。代行を頼まれた時に預かった漆黒と紅の風呂敷。それに包まれた一升瓶を保冷バッグから取り出し、そっと乗せた。その酒は冷蔵保存を推奨している。 「イーヴル、ごめん、受け取って」 「ちょっと待って」 着ていた上着を脱ぐとそれをダイニングチェアーの背凭れに。上着の下は通常軍服のパンツと黒シャツだが、今日の任務は出張故に汚れてはいない。手を伸ばし、黒曜から氷が入ったグラスを2つ受け取った。それをダイニングテーブルではなく、食事が乗せられたローテーブルに運んだ。そのあと箸と取り皿も受け取り、ローテーブルの前に座り込んだ。風呂敷に包まれた一升瓶を片手に黒曜は嬉しそうにイーヴルの向かいに座る。 「やー、今年は入手出来ないかと思った。休みは取れなかったし通販もしてくれない酒蔵だから。イーヴルが出張ついでに買って来てくれて嬉しいよ」 しゅるり、と漆黒の風呂敷がほどかれた。漆黒の裏側は綺麗な紅色だ。姿を現した一升瓶は淡いカラーの不織布に包まれている。その不織布も黒曜が丁寧に開け、上側だけを折り返した。キャップを留める金属の封緘も黒曜の手によって開封される。きゅぽん、とても良い音をたててキャップも外された。 「お礼さ。飲んで」 その酒をまずイーヴルのグラスに注いだ。和酒だがフルーティな香りが感覚をくすぐる。自宅用照明でもきらきらと輝るその和酒はそれだけで対価以上の酒だと判断出来た。黒曜のグラスにもそれは注がれ、2人はそっとグラスを重ねた。 「乾杯」 かつん、と響く軽やかな硝子の音。その酒は和酒故に度数は強いが、随分と飲み易かった。 ────────────────
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