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 病院の出口に向かいながら、事態の整理を試みる。先輩の色々な言葉や、歌声や、五年前の出来事が頭をよぎっていった。二つの世界をまたぎ、先輩は両親と生き別れになったはずだ。でもそうじゃなかった。孤独に生きていると語った先輩には、家族が。  つまりはどういうことなのか?  簡単なことだ。  先輩は両親と離れ離れになどなっていなかった。二つの世界の話も、向こう側の記憶が刻まれた虚構記事の話も……ぜんぶ嘘か、あるいは妄想の類だったのだろう。もちろん他の可能性だってある。家族の存在だって、説明のしようはあるのかもしれない。でもわたしには、全てが嘘だったとしか思えない。なぜかと言えば、こんなに明らかなことはないからだ。  二つの世界だなんて、そんなことあるわけないじゃないか。  分かっていたはずだ。だけどわたしは、千里先輩に幻想を抱いていたのかもしれない。つまらない社会人になってしまった自分とは違って、先輩には嘘みたいな人生を送っていてほしかったのかもしれない。  嘘をついたことへの罪悪感がどうとか、そんなのは自分への言い訳だ。わたしはただ、先輩と一緒に、その世界に浸りたいと思っていたのだ。  もしかすると先輩自身も、わたしが先輩に求めたような特別な何かを、自ら作り上げた虚構に託していたのかもしれない。そうして、(こじ)らせてしまったのかもしれない。だけどもしそうだとしたら、わたしが作り上げたサカモトという存在は、先輩の目にどう映っただろう。  わたしの脳裏に、己の数奇な運命を語る先輩の姿が浮かんだ。祝杯をあげる必要がある──そう言ってわたしを誘った先輩。彼女は時に笑顔を浮かべながら、活き活きとその物語を語った。あのとき先輩は、先輩が待ち望んでいた世界にたどり着けていたのかもしれない。好奇心と悪意から出たわたしの嘘が、サカモトという実在しない女が、先輩の虚構を真実にしてしまったのかもしれない。  それは先輩にとって、救いだったのだろうか。  あるいはわたしは、罪深いことをしてしまったのだろうか。  自動ドアをくぐり抜け、病院の外に出る。  わたしは先輩のことを、哀れに思うべきだろうか。風のない静かな夜の下で、わたしは小さくため息をついた。そんな疑問に直面すること自体、気が滅入る。そしてふと、今日がまだ木曜だという現実に気づく。  ── 明日も仕事だ。
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