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「それくらいでって。あなたみたいなお金持ちには分からないでしょうけど、たった二千円の靴だって、私にとっては特別なんです! ここ何年もずっとついてなくて、今日なんか特になんでこんなに重なるのってくらい、嫌なことばっかりで! ここに来て、なんとか気持ちを持ち直して、ようやく明日も頑張ろうって思えたのに。それなのに、今度はこれですよ。一生懸命節約して、やっと買ったばかりの靴だったのに!」
気が付くと一息にまくしたてて、思いの丈を、たまったうっぷんを全部吐き出していた。
彼はぽかんとこちらを見下ろして、しばらく眉をひそめていたかと思うと、肩で息をする私に手を差し出した。
ひとつ、咳ばらいをするのに合わせて、くっきりとした陰影を上下させる喉仏。
その手の意味をはかりかねて、細くて長い指をじっと見つめていると「とにかく立ってください」と声が降ってくる。
この時の私はきっと意地になっていたんだと思う。
相手が知らない異性だからだとか、イケメンだから恥ずかしいとかじゃなくて。
このすべてにおいて恵まれていそうな人間の手を借りたくなかった。
彼の手を取らずにいると、手首を掴まれてグッと引っ張り上げられる。
半ば強引に立ち上がらせられて、私はよろよろと折れたヒールを気にしながら地面を踏む。
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