第七章 触れたい

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 マンションのエントランスを抜けると、目の前にエンジンがかかったままの乗用車が停まっていた。  見るからに高級車と分かる、その黒いセダンの前で爽が立ち止まる。 「行くぞ」 「行くぞって、もしかして、これで?」 「他に何かあるか。俺が運転する」 「運転するって、お母さんがいるの長野の病院だよ? すごい遠いし……」  あれからまだ康太からの連絡はない。  さっき電話で言っていた長野諏訪総合病院という情報しか、今は何もなかった。  東京からだと長野までどれほどの時間がかかるか分からない。  帽子の下の爽の色素の薄い瞳が、じっと私を見据えた。  力強くて真摯な眼差し。  こんな状況なのに、その目に鼓動がとくんと大きく跳ねる。 「それがなんだよ」 「明日、仕事は?」 「明日の夜まではなんもねぇよ」 「でも……もし一緒に車に乗ってるのを見られたら……爽に迷惑かけられないよ」 「美羽は後部座席に寝転んどけ。そしたら外から見えねぇから」 「だけど……」 「あー、もう、うっさい! もし今、万が一のことがあったら母ちゃんに二度と会えなくなるかもしれねぇんだぞ。失ってから後悔しても遅ぇだろ!」  そう一喝して、爽はまた私の手を引くと後部座席の扉を開けた。
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