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彼は黒いデニムのお尻のポケットから、これまた高そうな財布を取り出してごそごそと札入れを覗いた後、すぐにため息をついて頭を掻いた。
「すみません。最近、電子マネーとかクレカばっかりで現金ないの忘れてた」
「お、お金はいりませんからっ!」
冷静に考えればそんな必要なんかないのに、私はまた声を張り上げてしまう。
この人に情けなんてかけられたくない。
そんな謎の思考回路に陥って当然の権利すら受け入れようとすることができなかった。
「あ、じゃあ」
そう何かを思いついたような彼は、その場でごそごそと履いていた靴を脱ぎ始めた。
白地でソールの分厚いナイキのスニーカー。
「とりあえず、これ、履いて帰ってください」
「えっ?!」
今度は私がぽかんとする番だった。
彼は辺りを気にした様子でまたきょろきょろと視線をさまよわせると「その状態で帰るのも大変ですよね? このスニーカー、売ったらけっこう良い値段になると思うんで、そのまま売っちゃってください。それで弁償、ってことで」と早口で言う。
確かにスニーカーって高価なものはすごい金額で、コレクターがたくさんいると聞いたことがあるけど……。
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