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――後悔しても遅い、か……。
爽が私に頷いて見せる。
「ありがとう」
涙がこみ上げてくるのを隠すように、私は急いで車に乗り込んだ。
さっき言われた通りに靴を脱いでシートに横たわる。
革張りのシートは柔らかくて、不安で強張っていた身体を優しく受け止めてくれた。
すぐに爽が運転席にまわり、スマホで調べた住所をカーナビに入れ、車を発進させた。
ルームミラーを見上げると、薄い色付きのサングラスをかけた爽が、前方に視線を向けているのが見える。
金曜日からついさっきまでコンサートを何公演もこなして疲れてるはずなのに。
それなのに、私のために飛んできてくれた。
そのことが、どうしようもなく、たまらなく嬉しい。
冷え切っていた心に、じんわりと温もりが灯る。
「今、高速乗った。この時間なら三時間しないで着く」
後部座席からぼんやりと爽を眺めていると、そんな声が降ってきた。
フロントガラスごしに流れていく東京の灯りと、爽の髪。
爽の肩。
爽の瞳。
いつもの爽の香水のかおり。
鏡のなかで彼と目が合う。
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