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「ごめんね。遠いのに。コンサートで疲れてるでしょ?」
「これくらい平気だよ。俺はそんなやわじゃねぇからな」
鼻で笑うような声がして、ミラーのなかの目が細められる。
「母ちゃん、大丈夫だといいな」
「うん……。本当にごめんね」
「そんな謝んな。これは俺の自己満みてぇなもんだし」
「え?」
よく意味が分からなくて聞き返すと、爽はまた黙って視線を前に戻した。
なんだろう。自己満足って……。
「前に話したろ? 俺の母ちゃんも昔、倒れたんだ」
爽がぽつりぽつりと語りだす。
車の走行音にかき消されそうなほどの静かな声。
「俺が十六の時だったかな。知り合いの推薦で事務所に入ることになって……研修生みてぇなかんじで先輩グループのバックで踊る仕事がちょこちょこあったけど、けっこううちも金なくてさ。母ちゃんが一生懸命働いて生活させてくれてたんだよな」
爽が私にお弁当を届けるように言ったのは、そのお母さんのことがあったからだ。
家族のために働いて病気に気付けなかったお母さんと私を重ねて、それで。
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