第七章 触れたい

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 掛け布団の中から、ゆっくりと手を伸ばす。  私の手のひら、三つにも満たない小さな海。  本当はどこまでも広く、私と爽の間にたゆたうもの。  だけど今日だけは、手を伸ばせば届く距離だから。  私は爽を起こさないように、そっと指先で背中に触れる。  ――あったかい。  Tシャツごしに肩甲骨の固い感触と、じんわりと体温が伝わってくる。 「爽が来てくれて良かった。お母さんが倒れたって聞いて、すごく、どうしようもなく心細かったの。情けないけど、ひとりじゃ何もできなかった。爽がいてくれたから、私……。本当にありがとう」  返事は求めていない。  ただ、自然と言葉が溢れ出した。  爽のくれるぶっきらぼうで、強引で、温かい優しさ。  届かなくてもいい。  叶わなくてもいい。  だけど、どうしようもなく爽が愛しい。  今だけ。  この瞬間だけは。  爽の布団に身体ごと近付いて、そっと背中に額を寄せる。  爽のいつもの甘い香水の香りで胸がいっぱいになった。  これだけで、私……。  たまらなくドキドキして、とてつもなく苦しくて、どうしようもないほどに満たされて。  不思議だ。  心臓は落ち着いてくれないのに、爽の香りに、温度に、張り詰めていた心が癒されていく。  私は彼の体温を感じたまま、いつの間にか眠りへと落ちていった。
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