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掛け布団の中から、ゆっくりと手を伸ばす。
私の手のひら、三つにも満たない小さな海。
本当はどこまでも広く、私と爽の間にたゆたうもの。
だけど今日だけは、手を伸ばせば届く距離だから。
私は爽を起こさないように、そっと指先で背中に触れる。
――あったかい。
Tシャツごしに肩甲骨の固い感触と、じんわりと体温が伝わってくる。
「爽が来てくれて良かった。お母さんが倒れたって聞いて、すごく、どうしようもなく心細かったの。情けないけど、ひとりじゃ何もできなかった。爽がいてくれたから、私……。本当にありがとう」
返事は求めていない。
ただ、自然と言葉が溢れ出した。
爽のくれるぶっきらぼうで、強引で、温かい優しさ。
届かなくてもいい。
叶わなくてもいい。
だけど、どうしようもなく爽が愛しい。
今だけ。
この瞬間だけは。
爽の布団に身体ごと近付いて、そっと背中に額を寄せる。
爽のいつもの甘い香水の香りで胸がいっぱいになった。
これだけで、私……。
たまらなくドキドキして、とてつもなく苦しくて、どうしようもないほどに満たされて。
不思議だ。
心臓は落ち着いてくれないのに、爽の香りに、温度に、張り詰めていた心が癒されていく。
私は彼の体温を感じたまま、いつの間にか眠りへと落ちていった。
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