第一章 ティファニーの魔法

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 男の人に、靴を履かせてもらうなんて初めてだ。  気恥ずかしさからなのか、鼓動が忙しない。  彼は流れるような動作で私の足をスニーカーのなかに収めて、すぐに立ち上がる。  口をぽかんと開けた私に構わず、キャップのつばをおさえて目深にかぶりなおすと小さく頭を下げた。 「本当にすみませんでした。それじゃあ」  私が動けずにいる間に、彼は早足に去っていく。  ――なに、これ。なんなの、これ。  今まで漂っていた彼の夏の海を思わせる爽やかな香水の香りが遠ざかっても、まだ心臓は落ち着いてはくれなかった。  脳みその処理速度が追い付いていない。  呆然としながら、そろそろと足を持ち上げてみる。  男物の大きなスニーカーのなかで足がずれて、かかとに隙間ができたのが分かった。  ――ぶかぶかじゃん。  泣きわめいたからか、名前も知らない彼の突飛な行動のせいか、気付けばもうすっかり涙はとまっている。  私は通りの向こうに消えていく背の高い後ろ姿を、ただしばらくぼんやりと見つめていた。
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