第八章 動き出す心

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「家族は大事にしなきゃね。これからも何かあったら遠慮なく言うといい」 「ありがとうございます」  そんないつも優しくて落ち着いた雰囲気の寺西さんの表情が、一瞬、ほんの少しだけかげったような気がした。 「あの……どうかしたんですか?」 「ん?」 「寺西さん、なんだか元気がないような気がして……あ、すみません。変なこと言って」  私の言葉にちょっと驚いた素振りを見せた寺西さんは、一瞬、何かを考えるように黙り込んだ。  それから深く息をつくと、ぽつりとつぶやいた。 「家族は大事にしなきゃなんて言って、自分はどうなんだって話だよな」 「え?」  寺西さんが困ったように微笑む。 「父の会社経営に対する考え方に賛同できなくてね。近い内に独立して一から会社をおこそうかと思っているんだ」 「独立、ですか」 「ああ。父の言うがままに役員につくのは簡単だけどね。広報部にいるのもそれが理由」  だからってそれが家族を大事にしていないことにはならない気がするけれど、なんとなく言外に深く積もった社長との軋轢があるような気がした。
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