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第二章 優しい夜
「灰田さん。おーい、灰田さん」
会社でPCモニターに向かい発注書の確認をしていると、隣のデスクの佐々岡さんが顔を覗き込んできた。
「あ、ごめん。なに?」
「もう、何度も呼んでたんですからね! 昼休みに入りましたよ。お弁当食べに行きましょー!」
発注書を眺めてはいたものの、頭の中ではぼんやりとあの夜のティファニーでの出来事を何度もリピートしてしまっていた。
あの夜からもう二週間が経とうとしていて、記憶のなかの彼の綺麗な顔も少しずつ曖昧になってきている。
けれどふとした瞬間に、差し出された大きな手やぶかぶかのスニーカー、そしてあの時の胸の高鳴りを鮮明に思い出すのだ。
私の人生のなかで五本の指に入るくらいの恥ずかしくて非現実的な体験をしても、日常は何も変わっていない。
家族のために必死にお金を稼ぐ。
そのためにはどんなについていなくたって歯を食いしばる。
ただ、それだけの日々。
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