第八章 動き出す心

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「みは……」  爽が口を開きかけたとき、ちょうどエントランスの自動ドアが開いて老夫婦が入ってきた。はっと躊躇いの表情を見せ、それからぐっと唇を引き結ぶ。  ちょっと近所に出るだけのつもりだったのか、帽子しかかぶっていない彼は、芸能人の、カラストの爽だということは誰が見ても分かってしまう。  ーーそうだ、爽はこんなところで異性と話してるのを目撃されるわけにはいかない。  爽の瞳が一瞬揺れる。でも。  私はまだ何か言いたげな爽にゆるゆると首を振って、彼に背を向けた。  重い足を一歩踏み出して、ロビー右奥にあるソファーセットへと歩き出す。  爽に寺西さんのこと、誤解されてしまっただろうか。  本当は私だってちゃんと爽と話したい。  もし誤解されたなら、違うって、今、ちゃんと伝えたい。  ……だけど、それ以上に爽の迷惑になりたくない。  私は爽を一度も振り返らずに、ソファーに身体を埋めて、なんとか気持ちを落ち着けようと深く深く息を吐いた。
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