第九章 ランウェイをあなたと

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 ――もしかして、なんか怒ってる?  寺西さんが変な冗談言うから、やっぱり変に誤解されちゃったのかな。  鏡に映る爽は、私の知らない顔をしていた。  これまで、遠い世界に住んでいる人なのに、近くに感じてしまったこともあった。  爽のコンサートを見ても、暮らしている場所も、働いてる世界も。  どれもが遠いのに、後部座席から見上げた背中や、ベッドで抱きすくめられていた腕は……あんなに近くにあったのに、今はなんだかすごく遠い。  それからしばらくお土産用に準備したノベルティの確認作業をしていると、寺西さんに声をかけられた。 「浮かない顔だね」 「……誰のせいだと思ってるんですか」 「あれ、俺のせい?」 「そうですよ。寺西さんが変なこと言うから」 「ごめんね。……あ、そうだ。ちょっと来て」 「どこに行くんですか?」 「いいから」  寺西さんは一方的にそう言うと、私の背中にやんわりと手を添える。  それから肩越しに鏡台の爽をちらっと振り返って、小さく微笑んだ。  私の方からは爽のことは見えなくて……彼の視界に私たちが入っているのか、どんな顔をしているか分からない。 「寺西さん?」 「ほら、仕事仕事。行くよ」  爽のことが気になって後ろ髪を引かれるけれど、仕事と言われると拒否権はない。
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