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「大丈夫?」
「寺西さん、私、私……」
心配そうに私を見つめていた寺西さんが、表情からすべてを悟ったのか「何も言わなくていいよ」と呟いた。
「寺西、さん?」
「何も言わなくていい。もう傷つかなくていい」
寺西さんが私を優しく抱き締める。
爽とは違うオーデコロンの香り。
包み込まれるような温かな腕。
爽との別れが辛いのか、寺西さんのいる安心からなのか、感情がごちゃ混ぜになってもうよく分からない。
涙がとめどなく目の縁から溢れて、寺西さんのスーツの肩を濡らした。
バタバタと走ってくる二つの足音と、設楽さんが爽を呼ぶ声がする。
「美羽ッ!」
爽が私を呼ぶ、叫び。
――爽……。設楽さんを振り切って、追いかけてきてくれたんだ。
寺西さんが私を抱く腕に力がこもって、爽を振り返ることができない。
強く抱きとめられたまま、寺西さんの顔を見上げる。
彼のいつも優しくて深い色をした瞳が、今は氷のように冷たい。
睨んでいるわけじゃないのに、爽を見据えるその目には突き刺すような鋭さがあった。
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