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「良かった、来てくれて」
ホテルの前の道路に停めた車の車体に寄りかかって待っていた寺西さんは、当たり前だけど私服だった。
会社でのぴしっと着こなすスーツとは違う、秋らしいベージュのコーデュロイのジャケットとパンツ。
道行く女性がちらちらと寺西さんに視線を送りながら通り過ぎていく。
スポーツカーに寄りかかる長身の寺西さんはやっぱりすごく絵になっていた。
「寺西さん、私やっぱり……」
外に出てきてはみたけど、ビルの間から降り注ぐ太陽が眩しいし、私がどんなに落ち込んでも普通に流れている世界の時間を目の当たりにするのが辛い。
やっぱり部屋に戻りますと言いかけた私の手を寺西さんがごく自然に繋いで、助手席に導いた。
「行こう」
にっこり微笑まれてしまうと何も言えなくなる。
渋々助手席のシートに身体をうずめると、すぐに寺西さんも運転席に乗り込んで車を発進させた。
「どこに行くんですか?」
「内緒。今日は俺に任せて」
「……?」
「まぁすぐに分かるよ」
寺西さんは行き先については何も教えてくれず、最近観た映画の話や会社であったちょっとおもしろい出来事など、他愛もない話をいつもと何ら変わらない素振りで語っている。
あんなことがあったからと言って「大丈夫?」と訊かれたり、変に腫物扱いされないことにホッとした。
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