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「よし、じゃあ始めるわよ」
「え、な、なんですか?!」
桧山さんにぐいぐい背中を押されて、衣装ラックの前に立たされる。
訳が分からないで戸惑っているうちに彼女は洋服を次から次へとラックから抜き取って私の胸にあてがった。
「あなたの骨格的にこういう形が似合いそう」とか「ドレッシーなかんじも意外と悪くないわね」とか「でもあんまり綺麗めすぎてもおもしろくないか」なんてぶつぶつ呟いている。
されるがままになっている私を、寺西さんは腕組みしておもしろいものでも見るような顔で眺めていた。
「あ、あの、これってどういうことですか?」
「買い物すると気分転換になるって言うだろう? どこかにショッピングに行こうかとも考えたんだけど」
「買い物、ですか」
「あぁ。でもせっかくなら美羽ちゃんにはうちの服を着てもらいたいと思ってね。この衣装室には今、店に出ているもの、これから店にでるもの、うちの持ってるブランドのほとんどの洋服が置いてある。美羽ちゃん、君がこれまで作りあげてきた洋服たちだ」
――私が、作り上げてきた……?
「君はこれまで生産部で、ただ工場への受発注を管理しているだけだと思ってたんじゃないかな?」
「そう、ですね……。正直、ジャパンガールズコレクションで会場を見て、寺西さんの話を聞くまではそう思ってました」
仕事にプライドなんてない。
ただお金のために、正社員を羨みながら続けていた作業。
それがあの日、あの時に気付くことができた。
うちの会社が、私たちがしていることは、たくさんの女性の日常に寄り添い、美を彩る仕事だ。
寺西さんが優しく微笑む。
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